episode.70 許さない
プレシラは武力行使に出るかと思ったが、案外そんなことはなかった。どころか、逃げ出そうとすらしない。抵抗もしない。もしかしたら、ここに残っても構わない、というくらいの覚悟でいるのかもしれない。
「そうか。度胸だけはあるらしい」
逃げも隠れもしないプレシラに、カンパニュラは少し笑みをこぼした。
「卑怯なことをしない相手に対し卑怯なことをするつもりはない。ただそれだけのことです」
「分かった。なら好きにしろ」
カンパニュラはプレシラの前から退き、指で扉を示す。
「……何なのですか?」
出ていくことを許可されたプレシラは戸惑った顔をしていた。
話についていけていなかったのかもしれない。
「好きにすればいい、と言ったんだ」
「出ていっても良いと仰るのですか?」
「そういうことだ」
「……私には、貴方はよく分かりません」
プレシラが言うと、カンパニュラは溜め息をつく。
「べつに理解しなくていい」
「まぁ……そうですか。分かりました。では、私はこれにて失礼致します」
そう言ってから、プレシラはくるりと振り返る。
彼女の瞳が捉えたのは、カンパニュラでもリトナでもなく、私だった。
「セルヴィア女王、ひとまずこれにて失礼します」
プレシラに直視され、しかも微笑まれる。
何だか妙な気分になってきてしまった。
「帰られるのですね」
「はい。しかし……恐らく、またいずれお会いすることになるでしょう」
「次は、敵として?」
「いえ……。どうか、リトナをよろしくお願いしますね」
プレシラが述べる言葉の意味は、よく分からなかった。何か深い意味があるような気もするが、私が探ろうとしているからそんな気がするだけかもしれない。単に意味深な感じになってしまっただけかもしれないし。
「は、はい。それでは、また」
「失礼します」
今日のところは、取り敢えず命を落とさずに済んだ。
それだけでも幸運だった。
「姉様ったら、リトナを置いて帰るなんてー」
プレシラは去っていった。その後、リトナは不満そうにそんなことを述べていた。もしかしたら、連れて帰ってくれることを期待していたのかもしれない。
「むー。相変わらず、大事なところで馬鹿なんだからー」
「リトナ王女は、プレシラ王女と仲が良いのね」
「何それ、どういう意味ー? 馬鹿にしてるー?」
リトナは不満げな表情でそんなことを言ってくる。
馬鹿にしているなんて、そんなこと、あるわけがないのに。
「まさか。そんなわけないじゃない。馬鹿になんてしないわ」
「ふーん……ホントに?」
そもそも、私がリトナを馬鹿にする必要性がない。そして、百歩譲ってもし仮に馬鹿にしていたとしても、それを言葉として露わにする必要性はまったくない。そういう感情こそ、心の中にそっと置いておくべきものだろう。
「えぇ、もちろんよ。胸を張って言えるわ。馬鹿になんてしてない! って」
「そ。じゃあまぁべつにいーけどー」
信じてくれた……のだろうか?
リトナは自由奔放で、それが彼女の良いところではあるのだが、少々理解しにくい。
「王女、もういいか。そろそろ帰ろう」
やがてカンパニュラがそんなことを言ってきた。
意識がそちらに向いておらず気づいていなかったが、確かに、案外時が経っている。そろそろ城へ戻って仕事の続きを行うべきかもしれない。
「セルヴィアさん、もう帰るの?」
「えぇ。そろそろ」
「……ふーん」
え? と、ふと気になった。というのも、リトナが少し寂しそうな顔をしたように思えたのだ。リトナは私のことを好んではいないはずだから、私が帰ることを寂しく思ったりなんてしないだろう。でも、先ほどの彼女の表情は、寂しく思っている者のそれに思えた。
「何だか面白くなさそうな顔をするのね」
つい言ってしまった。
どうしても気になったから。
「だーってぇ! 退屈だしー!」
「そう……ごめんなさい。今後は何か娯楽を渡すようにするわ。娯楽、何が良いかしら」
「娯楽とかセンスなーい」
「ええっ」
リトナのことを思って提案してみたのに、酷い返し方をされてしまった。なぜ娯楽と言っただけで馬鹿にされなくてはならないのか、謎は深まるばかり。リトナは他者に対し「馬鹿にしているのではないか」とすぐ思うようだが、そのような発想が出てくるのは、リトナが他者をよく馬鹿にするタイプだからなのではないのか。
「ねぇセルヴィアさん! リトナを連れていくっていうのはどう?」
「え……」
急な提案に戸惑っていると、カンパニュラがいきなり口を挟んでくる。
「馬鹿なことを言うんじゃない」
カンパニュラはリトナを睨みつつ述べる。
「前に仕掛けたことを忘れたのか。何を今さら取り入ろうとしている。もはや手遅れだ、良さげに見せようとしても何の意味もない。罪人は永遠に罪人だ」
今のカンパニュラはやたら長く喋る。言葉の一つ一つが上手く繋がって、みるみるうちに文章が紡ぎ出されていた。思いの強さか、思考の強さか、そこははっきりしない。ただ、いずれにせよ、彼はリトナの過去の罪をまだ許していないのだろう。そうでなければ、わざわざこんなことを言い放つ必要はないはずだ。
「あの、カンパニュラさん……」
「王女は黙っていてくれ」
「ええっ。あの、でもっ……」
「こちらの話だ」
口を挟もうとするが、聞き入れてもらえない。
「かつてお前はキャロレシア女王を殺めようした。その罪は消えない」
「何それ、しつこーい」
「王女はお人好しゆえ許そうとするかもしれん。だが、私は許すつもりはない。永遠にな。なぜなら、それが私の仕事だからだ」




