episode.69 逃げも隠れも ☆
お茶会は何とも言えない空気のまま進んでゆく。
楽しい会にしようと考えていたのに、私が余計なことを口にしたせいで雰囲気が悪くなってしまった。それはとても申し訳なかったと思っている。
ただ、それでも、プレシラたちと共に過ごしたことで希望の光が見えた。
ロクマティスは敵国だが、そこに生きる王女たちは悪魔ではない。それをこの目で確かめることができたのは、大きな成果と言えるだろう。
もちろん、ロクマティスに生きているのは王女二人だけではない。だから、二人と親しくなったから簡単に平和を手にできる、というわけではないだろう。ロクマティスに生きる王や人々——そういった者たちによって国は動くのだから。
でも、それでも、一つでも希望があるなら。
「今日は楽しかったです。プレシラ王女」
「いえいえ。お世話になったのは私の方です。……どうか、リトナを傷つけないでやって下さい」
お茶会はもうじきお開き。
最初は思わなかった、敵国の人間とこんな風に向き合える時が来るなんて。
「もちろん。約束します」
「ありがとうございます、女王。では私は、失礼します」
「リトナ王女を……取り返さないのですか?」
別人に化けてまでキャロレシアへやって来て、私を脅し、リトナのところへ案内するように言う。そんなこと、ちょっとやそっとの覚悟ではできないことだ。万が一失敗すれば命を落としかねないのだから。そこまでやってのけたプレシラがリトナを連れて帰らないというのは、少々不思議な話だ。
「はい。今はそのつもりでいます」
「……なぜ?」
「それは……ここにいる方が安全なのかもしれないと思うからです」
プレシラの瞳が私をじっと捉える。
しかし、プレシラが言うことは意味がよく分からない。ここにいる方が安全、というのは、一体どういうことなのか。ロクマティスが危険地帯だと言いたいのか。
「ロクマティスは危険なところなのですか?」
ロクマティスの王女はロクマティスにいる方が安全だろうに。
「自国を貶めるべきではないと、分かってはいます。けれど、それでも……時には理解できないこともあるのです。本来、このようなことは、王女が言うべきではないのでしょう。けれど……個人的に、ロクマティスの行く末を心配しています」
……もしかして、プレシラには迷いがあるのか? ロクマティスが進んでいる道を、彼女はよく思っていないのだろうか。いや、もちろん、すべてがこちらを油断させるための演技ということもないとは言えないが。でも、わざわざこんな嘘をつくだろうか? プレシラがそんな人だとは思えない。それに、今のプレシラの表情は、嘘をついている人間のそれには見えない……。これは一体どういうことなのだろう……?
「理解できない、という顔をなさっていますね」
「え。あ……そんなことは」
「私とて、生まれ育った国にこのようなことは思いたくないのです。けれど、今の我が国の行いは、私の思考とは合わないものです」
扉の近くに立っているカンパニュラを一瞥する。彼は怪訝な顔をしていた。何がどうなっているのか理解できない、とでも言いたげな表情だ。彼もまた、私と同じで、プレシラの言うことがよく分からなくて戸惑っているのかもしれない。
「姉様ったらー、話が面白くなーいっ」
リトナは既に退屈し始めているようだ。
彼女は本当に自由な人だ。何の躊躇いもなく気持ちを言えるし、常に好きなように振る舞える。それは、もしかしたら、他人を恐れない強さがあるからなのかもしれない。
「リトナは出てこなくて良いのよ」
「えー。リトナだってー、ロクマティスの王女だしー」
頬を膨らますリトナは少し子どものようで可愛らしくもある。
もっとも、彼女の危険さを忘れたわけではないけれど。
「今のロクマティスは少しおかしいのよ。それはリトナも知っているでしょう?」
プレシラはその場で少し腰を下げ、リトナの両肩を優しめに掴む。
「まぁ、それは知ってるけどー」
「だったら黙っていて? 話の邪魔をしないでちょうだい?」
「なっにそれ! 邪魔とかしてないしー!」
ロクマティス王女たちは相変わらず騒々しい。でも、不愉快な騒々しさではない。これは、不愉快どころかほっこりできるような騒々しさ。悪くはない。
「セルヴィア女王。では、私はこれにて失礼致します」
「は、はい! またいつでも会いに来て下さい!」
「ふふ。……ありがとうございます」
別れの言葉を私に告げ、プレシラは扉の方へと歩き出す。
しかし、彼女の前に立ち塞がる者がいた——カンパニュラだ。
「あの、そこを通りたいのですけれど」
プレシラは静かな声で告げる。
「そう易々と出られると思うなよ」
カンパニュラは敵意の混じった視線をプレシラに向けていた。
せっかく丸く収まりそうになっているのに、なぜ敢えて刺激するようなことを言うのか。幸い話は平和的に済んだのだから、それで良かったのではないのか。
「……どういう意味でしょう?」
「敵国の王女をあっさり返す気はない、ということだ」
それまでは何も口にしていなかったカンパニュラだが、今は視線によってプレシラに対し圧をかけている。多くを語ることはしないし、怒鳴ることもしない。ただ、相手をじっと見つめているだけだ。けれど、それでもただならぬ威圧感を放てるのは、カンパニュラならではと言えるだろう。
「争うつもりはありません。退いて下さい」
プレシラは冷静に対応する。
けれども、カンパニュラの表情が緩むことはない。
「そういうわけにはいかん」
カンパニュラは、手を出していないことを主張するかのように、両手をきっちりと背中側で組んでいる。だが、プレシラを通す気はさらさらないらしい。納得できるまで絶対に通さない、というような顔つきをしている。
「……人質にでもなさるおつもりですか?」
「女王を騙したのだから、罪人だろう。相応の覚悟はしてもらわねば」
「そうですね……仰る通りです」
「分ったなら、罪人としてここに残れ。そこの小娘のようにな。そして、償え」
私はカンパニュラに何か言おうとした。が、それより早く、プレシラが述べる。
「分かりました、受け入れましょう。私はもはや逃げも隠れもしません。従います」




