episode.6 この手の力
威圧感のある気難しそうな男性が去っていった後、リーツェルは彼への不満を堂々と述べていた。
「あの男、本当に感じが悪いんですのよ! わたくしたちがここへ来た時も、余計なことばかり言ってきましたの!」
両手を腰に当て不満をぺらぺらと喋るリーツェルからは、不満の色が濃く滲んでいる。
「フライ様のことを侮辱しますし、あれは最低な輩ですわ!」
主張の勢いが半端でない。私への不満を言われているわけではないというのに、そのくらいの圧を感じる。色々な感情が体に一気に突き刺さってくるかのようだ。
「まぁまぁ……」
「落ち着けないですわよ!? 主人を侮辱されるのがどういうことか、分かっているんですの!?」
宥めようとしても、意味がなかった。
むしろ刺激してしまったくらいだ。
「ごめんなさい」
「あっ……も、申し訳ありません。わたくし、無礼なことを」
私が謝罪した瞬間、リーツェルは何か思い出しでもしたかのようにハッとした。そして、何度も頭を下げてくる。こうも激しく謝られたら、戸惑わずにはいられない。
「いえ、気にしないで」
「セルヴィア様はお優しいですのね! ふふ」
その直後、リーツェルは「あ!」と高めの声を発した。視線も私から外れている。何だろう、と思っていると、通路の向こうから歩いてくる者が視界に入った。また、乾いた足音も耳に入ってくる。
私もリーツェルと同じ方向へと視線を向ける。
向こうから歩いてきていたのは、中性的な女性。
「リーツェル、あの方は……」
「ここのリーダーさんですわ!」
ブルーグレーのショートカットがボーイッシュな印象を与える人物だ。
上半身にはネクタイなしで白いワイシャツ、下半身には折り目がついた細身の黒いズボン、そして足には磨き上げられた漆黒のローファー。
「やぁリーツェル。そちらの女性が王女様かな?」
「そうですわ! セルヴィア様といいますの!」
リーツェルはさりげなく私の背を押してきた。
結果、私はいきなり、ボーイッシュな女性と向き合うことになってしまう。
「セルヴィアと……申します」
こうもいきなり顔を合わせることになるとは思わなくて、何を言えば良いのか分からなくなってしまった。なので、取り敢えず、名乗ることだけをしておいた。
「あたしはアムネア・リーダ。まぁその、普通にリーダと呼んでくれると助かる」
「リーダさん、ですね。よろしくお願いします」
確認しつつ、私はふと思った。
先ほどリーツェルは「リーダーさん」と言っていたのに、なぜリーダなのだろう? と。
一度気になりだすと気になって仕方がないし、名前を誤解してしまっていたらそれはそれで申し訳ない。なので、さらりと尋ねてみることにした。
「リーダさん、先ほどリーツェルは『リーダーさん』と呼んでいましたけれど……どちらが正しいお名前なのですか?」
するとリーダはケラケラと笑みをこぼした。
「あぁ。それはだね、両方正解なんだ」
「……両方正解?」
「あたしの名前はリーダ。でも、ここではリーダー。そういうわけさ」
そうきたか、と、私は密かに納得する。確かにそれなら『リーダー』と『リーダ』が同時に存在していても不自然ではない。
とはいえ、ややこしさが強いことに変わりはない。
何せ、一人のことに関してで『リーダ』と『リーダー』が出てくるのだから。
「ええと、では……リーダさん、で?」
「そう呼んでもらえるとありがたいけどね」
リーダは意外にも気さくそうだ。
外見は男性的な要素も多くクールな雰囲気。けれど、その容姿からイメージするままの性格ではないらしい。むしろ、サバサバしていて爽やかな印象。
良い意味で中性的、とは言えるかもしれない。
「王女様、いきなり来てもらってすまなかったね」
「い、いえ……」
リーツェルはその場で待機してくれているけれど、ファンデンベルクは見かけない。どうやら、こちらへ合流してくれるというわけではないみたいだ。今もまだ、入り口付近で見かけたあの部屋に入っているのだろうか。
「できれば二人で話をしたいのだけど、構わないかな? 王女様」
「わたしは戦えませんよ!?」
「あぁいや、それはいいんだ。べつに戦いばかりしてほしいというわけじゃない」
「たまにでも戦いは無理です……!」
「まぁまぁ落ち着いて。まずは色々説明したい」
何やら妙なことになってしまった。私はただのお出掛けのつもりでここへ来たのに、いつの間にやら話がおかしな方向へと進んでいってしまっている。
「良ければこちらへ」
「はい」
リーダに案内されるがままに、私は歩いていってしまう。
でも仕方がなかった。自力では城へ戻ることができないから。今は話を聞くしかない。たとえ、その果てに、私にとって嬉しくない何かがあったとしても。
リーダが「ここにしよう」と言ったのは、テーブルとイスがいくつか置かれている休憩所のようなところだった。テーブルもイスも木製のもので、使用する際にちらりと見るだけでも、木ならではの模様が目につく。
「そこにでも座ってくれ」
「はい」
結局リーツェルとも別れることになってしまって、今はリーダと二人きりだ。
それにしても、二人とも『リー』から始まる名前だというのに、見た目も性格も真逆だらか不思議だ。当然、名前が似ているから人柄も似ているということはない。が、ふとそんなことを思ったりした。このかなりついていけない流れによってダメージを受けないよう、脳がほどよく調整していたのかもしれない。
「我々はいわば雑用係。表立ってできない任務を主に受けている。何でも屋、とも言えるか」
「へ、へぇ……」
何だか凄そうだ。
でも、知れば知るほど、なぜ私に声がかかっているのか分からなくなる。
「フライ王子には生前世話になった。まずはその礼を」
「いえ……」
「で、本題に入る。実はフライ王子から王女様の『力』について聞いていた。その手を使えば、どんな強靭な精神の持ち主すらへし折ることができる、と」
この人たちは私の力を利用するつもりなの……?
そんなことを考えていたら、段々複雑な心境になってきた。
必要とされること自体は嬉しい。けれども、この力を誰かを傷つけるために使うなんて、それは良いことだろうか。国のためとはいえ、この力で他人に危害を加えるなんて。