episode.67 彼女の本当の姿は
リトナの無事をその目で確かめると、レーシアは急激に大人しくなった。心境の変化などという程度ではない。人格までまったく別のものに変わってしまったかのようだ。
それから彼女は、自身の本来の姿を露わにした。
そもそも『レーシア』という名自体が偽りのものであって、彼女の本当の名はプレシラ・ロクマティス——つまり彼女はロクマティスの王女だったのである。
また、長い銀の髪も、本物ではなかった。それはかつらのようなものであり、彼女の本当の髪はロクマティス王族の証明とも言えるブルーグレーをしていた。しかも短めだ。
「セルヴィア女王。その……何と言えば良いか……。あんな乱暴なことをして、申し訳ありませんでした」
プレシラ——その人は、とても礼儀正しい女性だった。
「騙すようなことをしてしまったことも、謝罪します」
「え。い、いいんですよ。分かっていただければそれで十分です」
こんな形で敵国ロクマティスの王女たちと顔を合わせることになるなんて、正直予想外だ。
でも、それは皆同じことだろう。
こんなことになることを予想していた者がいるだろうか? ——いないはずだ。
リトナとプレシラ、そして私。そんな三人が突然揃うことになるなんて、多分誰も想像しなかった展開だろう。
「お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」
プレシラは丁寧に何度も謝ってくれる。
「いえ、そんな……」
敵国の王女に何度も謝られるというのは、何というか……少し不思議な感じ。
「姉様ったらー。さすがに騒ぎ過ぎー」
「なんてことを言うの、リトナのことを心配して来たのよ」
「リトナは元気だしー」
「コラ! そんな言葉遣いをしないの!」
リトナは相変わらず緊張感がないように見える振る舞いを継続していた。時折その場で軽やかに回転したりしている。今の彼女には、そのぐらい余裕があった。
「プレシラ王女、その……これでもう納得していただけましたか?」
「はい。それでは私はこれで失礼——とはゆきませんよね。償いが必要でしょう。私にできることがあれば、力になりましょう」
おっと、意外な展開になってきたぞ?
そんなことを思っていたということは秘密にしておこう。
「姉様!?」
プレシラの発言に一番驚いていたのは、意外にもリトナだった。
「筋を通す必要があるのよ、リトナは黙っていてちょうだい」
「キャロレシアに協力するつもり!?」
「勘違いしないで、リトナ。ロクマティスを捨てるつもりではないわ。でも……償いは必要なことよ。王女だからこそ」
プレシラは何の迷いもなくそんなことを述べる。
それに対しリトナは「えぇー?わっけ分っかんなーい」などと言っていた。
「セルヴィア女王、何かありますか?」
「え……」
「ロクマティスを捨てる気はありませんけれど……私にできることが何かあれば仰って下さい。少しは力になれるかもしれません」
いきなり「できることが何かあれば」と言われても、困ってしまうばかりだ。何か答えようとしても、すぐには答えられない。というのも、このような展開は予想していなかったのだ。それゆえ、即座に対応することはできない。器用な人であれば即座に対応できたのかもしれないけれど、私にはそんな器用さはない。
それより気になることがある——カンパニュラからの視線だ。
彼はまだ一連の流れをすべて理解できていない状態だ。だから、彼が私に説明を求めるような視線を向けてくるのも、おかしなことではない。本当は私が速やかに説明しなくてはならないのだ。悪いのは彼ではない。
けれど、説明する間がないというのも事実だ。
話がどんどん進んでいってしまうから、ここまでの流れを説明する暇がない。
「そんな。結構ですよ、気を遣っていただかなくて」
「しかし……」
「お気持ちだけで嬉しいです。ありがとうございます、プレシラ王女」
一時はどうなることかと思った。何をされるか分からず、最悪殺されるのではないかと不安になった瞬間もあった。でも、今はもう、そんな不安を抱いてはいない。プレシラはただリトナを心配していただけなのだと分かっているから。
「そうでした。プレシラ王女はこの後どうなさる予定ですか?」
「私は……どうしましょう。実は、あまり考えていなくて……」
プレシラは考え込むような格好をしつつ述べる。
完璧に見える彼女だが、意外と考えていない部分もあったのだ——そう思うと、何だか親しみが湧く気がした。
「姉様ったら、計画性なさすぎー」
リトナはクスクスと笑いながらそんなことを言う。
身内に対しても容赦ない。
「もうっ。リトナは黙っていて!」
「えー?」
リトナは、首を傾げて可愛らしい顔をしつつ、聞こえなかったふりをする。距離的にも声の大きさ的にも、聞こえていないはずがないのに。そんなリトナを見て、プレシラは溜め息を漏らす。
「はぁ……。リトナは相変わらずね……」
プレシラは右手の手のひらを額に当てて息を吐き出していた。
「もし良ければ、改めてお茶でもしませんか?」
ふと思い立ち、提案してみる。
「え」
プレシラは驚いた顔。
無理もないか、かなり唐突だったから。
「王女同士で何か話せることもあるかな、なんて、思って……でも! 無理ならいいんです!」
発する言葉に偽りはない。そもそも、偽りを真実のように話す技術なんて、私にはないのだ。ばれない嘘をつくには技術が必要。だから、私には無理。
「……王女、同士。なるほど……そういうことですか。分かりました。ではそうしましょう」
「本当ですか!」
「はい。それなら私にでもできますから。ただ……良いのですか? セルヴィア女王、貴女はもう女王なのでしょう。私やリトナのような王女とは格が違うのでは?」
こ、細かい……。
私からしてみれば、王女も女王も同じだ。いや、もちろん、長年その座に就いていた女王と王女なら別の存在かもしれないけれど。でも、私なんて、女王と言うには相応しくないくらい平凡な存在だ。今の私は、限りなく王女に近い女王である。
「気にしないで下さい。私は王女に毛が生えた程度の人間ですから」




