episode.65 上手くいく気がしない
向こうから二人で顔を合わせることを希望してくるとは思わなかった。正直、そんな展開は欠片ほども想像していなかった。なんせ、レーシアは慎ましい人だ。そんな積極的な人物には見えない。だから、彼女が自ら二人で会うことを望む可能性なんて、少しも考えてみなかったのである。
そんな予想しなかった急展開によって、今、私はレーシアと二人きりになっている。
一応扉の外にはカンパニュラがいてくれているはず。だがそれは、もし何かが起きてもすぐには対処できないかもしれない、ということでもある。すぐに駆け付けてはくれるだろうが、どうしても時間差が生まれてしまう。
なんだかんだで一人で来てしまったが、大丈夫だろうか……。
「今日は、その、お誘いありがとうございます」
いざレーシアと向き合うと、上手く言葉が出てこない。何とか言葉を紡ごうとするが、結果、非常に情けない感じになってしまう。もっとも、何か言えているだけましではあるのだけれど。
こんなことになってしまったのは、彼女が美人過ぎるから……かもしれない。
「唐突に申し訳ありません」
レーシアは謝りつつ柔らかく微笑む。
私よりずっと偉大に思えるのだが、なぜ完璧な彼女が私の護衛兼従者になろうと思ったのか。今世紀最大の謎だ。
「えっ! いえいえ! 嬉しかったです!」
「……もしかして、女王陛下、緊張なさってます?」
「は、はい……。ごめんなさい、情けなくて……」
本来威厳を感じさせなくてはならないところ、このざま。情けなくて死にそうだ。
「まさか。そんなこと仰らないで下さい。女王陛下は情けなくなんてありませんよ」
「え、でも、私はこんなだし——」
刹那、喉もとに刃物が突きつけられていることに気づいた。
「違います。情けないのは貴女ではなく、この国そのものなのです」
刃物を突きつけていたのは他の誰でもない、目の前のレーシアだった。
「え……ちょ……」
直前まで微笑んで会話してくれていたのに。
信じられない。
今は、恐怖よりも驚きが優っている。身の危険を感じていないわけではないが。ただ、それよりも、レーシアに裏切られたという衝撃の方が遥かに大きい。
「動かないで下さい」
長い銀髪の女性レーシアは、私にそう命じた。
「……はい」
取り敢えず抵抗しないでおくことにした。
多分勝てないから。
「目的は貴女を殺すことではないわ。私はただ、問いに答えてほしいだけ。だから、無駄な抵抗はしないでちょうだい」
レーシアが何者かは分からないが、ひとまず従っておく方が良さそうだ。この流れだと、従っていれば殺されそうにはない。
「問いは……何ですか」
「リトナはどこにいる? 話しなさい。さぁ!」
私は即座には理解できなかった。
レーシアの口からリトナの名が出てくるなんて夢にも思わなかったから。
「……リトナ? それは……ロクマティスの、リトナ王女のことですか……?」
扉の方に動きはない。カンパニュラは気づいていないのだろうか。いや、これだけ静かだと、気づかなくて普通かもしれない。危ないのに静かだから、この流れはたちが悪い。もう少し騒がしかったなら、カンパニュラが気づいてくれただろうに。もっとも、そこまで読んでのレーシアの作戦なのかもしれないけれど。
「そうよ。彼女はどこにいるの」
「リトナ王女……」
「早く答えなさい! 生きているのか、死んでいるのか、はっきりして!」
レーシアは調子を強めた。
大きな声を発するなんて、冷静な彼女らしくない。騒ぎを起こしたくないからこんな形を選んだのだとしたら、叫ぶなんて一番避けたいことのはず。それでも彼女は声を荒くした。何か、焦ってでもいるのだろうか。
「落ち着いて下さい。感情的になる必要はないはずです。そんな風に脅さずとも、私はリトナ王女に関して真実を話します」
「……時間稼ぎはいい加減にしてちょうだい」
もしかして、長引いていることを焦っている?
異変を感じ取ったカンパニュラが入ってくるかもしれないから?
「リトナ王女は生きています」
「嘘をついたら……許さないわよ……」
本当のことを述べたというのに、刃物はまだ離してもらえない。無機質な刃は喉もとに食い込んだまま。皮膚が傷つくほど強く当てられているわけではないため物理的な痛みはないが、心が痛い。
「私は嘘はつきません」
リトナに関して隠したいことは何もない。
彼女は牢に入れられてはいるけれど、それは理由があってのこと。それ自体は責められることではないはずだ。それに、王女に相応しい待遇は継続している。人権を侵害するような扱いはしていない。それゆえ、何も問題はないはず。
「なら……リトナのところへ案内なさい。この目で見るまで私は信じないわ」
信じない? よく言うわ! そもそも嘘をついていたのは貴女でしょう、何を偉そうに!
そんな風に言いたい気持ちが湧いてくるが、今は抑えておく。
下手に刺激すれば何をされるか分からない。危害を加えられる可能性だって低くはない。こういう時は、とにかく相手を刺激しないこと。身を守るにはそれが一番。特に、強くない私のような人間にとっては。
「分かりました。貴女がそれを望まれるなら、案内して差し上げても構いません。でも、良いのですか? ここを出れば、貴女の行為が明らかになってしまいますけれど」
「貴女が黙っていればすべて解決よ」
レーシアはもう微笑みかけてはくれない。
「……分かりました」
「万が一余計なことを言ったら、命はいただくから。そこは覚悟してちょうだい」
「はい」
その時になって、ようやく、レーシアは私に刃物を向けることを止めてくれた。
「貴女をリトナ王女のところへ連れて行くことにした、ということは、伝えても構いませんね?」
「えぇ」
「分かりました。ではそのように話を進めます」
私にできるのだろうか、真実を隠しながら話を進めることなんて。器用でない私にはできる気がしない。いや、それでも成し遂げなくてはならないのだけれど。でも、どうしても、上手くいく気がしない。




