episode.63 五人目の候補者
候補者四人目はいかつい系の男性だった。
三十代くらいだろうか、腕や脚の筋肉があり得ないほど豪快に盛り上がっている。
確かに、見るからに強そうだ。筋肉が大きいし、背もそこそこあるし、暴れ出したら恐ろしいくらいの力を発揮しそうである。
でも、正直なところを言うと、彼を雇いたいとは思えない。
なぜなら、仲良くなれそうにないから。
「うえーっん? こーんな小娘が面接官なのかぁー?」
男性は挑発的かつかなり軽いノリの人物だ。決めつけは良くないのかもしれないけれど、どうしても親しくなれる気がしない。絶対喧嘩になりそうである。
「何ですの、いきなり」
「赤ちゃんはミルクの時間でちゅよーっ?」
「はぁ? 何なんですの」
男性はリーツェルのことを気に入ったのか、やたらと彼女に絡んでいく。しかも、下品な笑みに顔面を歪めながら。さらに、最初は言葉だけでの絡みだったのが、段々エスカレートして接近までしてきた。
近寄るなと注意しようと口を開きかけた——その時。
「そこで止まれ」
私より早くカンパニュラが注意した。
「ああ? じいちゃんには関係ないんでちゅよー。じいちゃんはお年玉用意して待っといてくだちゃーい」
カンパニュラの制止を聞かず、男性はさらにリーツェルに近寄る。身の危険を感じたのか、リーツェルは思わず椅子を引き立ち上がった。が、既に遅く、男性に片腕を掴まれてしまう。
「なーに? そんなに怖がらなくていいじゃーん?」
「……離していただきたいですわ」
リーツェルは今きっととても怖い状況だろう。けれども彼女は、弱いところを見せまいと努力していた。凛とした顔つきで対応するその姿からは、騎士のような雰囲気すら感じられる。
「えー? 離せってー? そりゃ無理っしょ」
「頼んでいるのではないですわ。離せ、と言っているのですのよ」
「赤ちゃん言語分かってまちゅかー?」
刹那、カンパニュラが男性の腕を強く掴んだ。
「従わないなら、力づくで離すしかなくなる」
カンパニュラの瞳の色が変わった。いや、厳密に言うなら、変わったのは瞳から放たれる視線。それが、直前までとはまったく異なったものへと変貌したのだ。しかも、一瞬で。
今のカンパニュラの目つきは、明らかに、穏やかな時の目つきではない。
「意地でも離さないつもりか?」
「……ひっ」
男性は突然身を縮めた。
それまでの自信ありげかつ他者を馬鹿にしているような態度は変わり果て、今はすっかり小さくなってしまっている。
数秒後、リーツェルの腕を掴んでいた手も離した。
「喧嘩を売るようでは話にならん。不合格だ、さっさと帰れ」
カンパニュラも喧嘩は売るけど……。
そう思ったということは、私の中だけの秘密としておこう。
「ふ、不合格はいきなり過ぎるだろぉーっ!?」
確かにいきなりではあるけれど。でも、これまでの男性の振る舞いを見ていたら、誰だって合格にはしないだろう。むしろなぜこれまでの選考を通過してきたのか、そこがかなりの疑問である。選考係は寝惚けていたのだろうか。
「いや。もう決まりだ。退室しないなら、今度は強制的に退室させることになるが」
「ふぇぇえ!?」
男性が発した声は、妙に甲高く、情けないの極みのようなもの。
言動やその雰囲気が変わりすぎだ。
「わ、分かったよ! 退室すりゃいいんだろ!」
「そうしてくれ」
「はいはい! はーい! 分かったよ!」
男性はもう粘らなかった。関わりたくない、とでも言いたげな顔をしながら、扉の方へそそくさと歩いていく。そして、少し振り返ることもせずに、自身の手で扉を開けて部屋から出ていった。
「もう! 何なんですの、あの男!」
無礼な候補者が退室したことを確認するや否や、リーツェルは言い放った。
「サイッテーですわ!」
リーツェルは完全に怒っていた。
「怪我などはないな」
「ありませんわ。でも! あれが候補者に入っているなんて! 論外ですわ!」
リーツェルはすっかり怒ってしまっている。何の躊躇いもなく怒りを炸裂させていた。無礼かつ恐怖感を抱かせるような接し方をした相手に腹を立てるのは理解できないことではない。ただ、これほど真っ直ぐに怒りを露わにできるというところには、驚きしかなかった。無論、リーツェルが悪いとは欠片ほども思っていないのだけれど。
「選考係は少し馬鹿だったのかもしれんな」
「本当に! その通りですわ!」
珍しく意気投合するカンパニュラとリーツェル。
「あの、扉が開きそうです」
突如口を開いたのはファンデンベルク。でも、その言葉にはきちんとした意味があった。というのも、入り口の扉が開きかけていたのだ。それはつまり誰かが入室してくるという証。騒いでいる場合ではなさそうだ。
その数秒後、予想通り扉が開いた。
「失礼致します」
宇宙の果てのような、静かながら底の見えない不思議さがあるような調子で挨拶をし、一人の女性が入室してきた。
「レーシアと申します。よろしくお願い致します」
長い銀髪が幻想的な雰囲気を漂わせるその女性は、これまでの候補者たちとはまったく違う、奥深さのようなものを持っていた。佇んでいるだけで自然と視線が引き寄せられる。一種のカリスマ性のようなものを彼女はまとっている。
「そちらへ行くといい」
「ありがとうございます。それでは失礼致します」
そんな彼女は、紺色のかっちりしたデザインのコートがよく似合う。
「で、貴方は美人で通ったのか?」
「どうでしょうか。そうだとしたら……少し残念です。真実は分かりませんけれど……」
隙のない容姿。ただ、その中で一つだけ、違和感を抱く部分があった。それは、コートの後ろ側についている一本の毛である。普通に暮らしていれば髪なんていくらでも抜けるものだし、うっかり抜け毛がどこかに付着しているということも時にはあるだろう。そのこと自体には違和感を抱いてはいないのだ。私が違和感を抱いたのは、ついている毛の色が彼女の髪色と違うものだったから。
レーシアと名乗る彼女は銀髪。白や灰色に近いような、一見すると白髪かと思ってしまいそうな色みである。しかし、コートの後ろについている毛は、心なしか青みがかっているように見える。




