episode.54 手を伸ばした瞬間 ☆
私は入れてファンデンベルクは入れないなんて、おかしな話だ。
確かに彼はキャロレシア人ではない。けれども、王子であるフライに付き添ってきたのだし、今も私の近くにいてくれている。態度もそこそこ真面目だし、怪しさはない。信頼する価値はある人。だからこそ、キャロレシア人でないから入れてもらえないというのは変。そもそも。その理論だと、怪しくてもキャロレシア人なら良いのか、という問題が出てきてしまう。
「ファンデンベルクは怪しい者ではありません。信頼できる者です。通して下さい」
リーツェルはいつの間にか通過していた。しかも、気づけば背後に回っていて、私に隠れている。さりげなく素早い。
「申し訳ありません……。しかし、上からの命令は絶対ですので……」
「なぜそんなに止めるのですか? ファンデンベルクが何か悪いことをしたというのですか」
「ですから、キャロレシア人でありませんので……」
「止めて下さい。そんな言い方」
困り顔になっているファンデンベルクの手首を握る。そしてそのままこちらへと引っ張る。ファンデンベルクは驚いた顔をするけれど、そんなことはどうでもいい。半ば無理矢理彼の体を引き寄せる。
「お待ち下さい! 何をして……!」
警備員は青い顔。
ただし、もう一方の警備員は真顔のまま。まったく反応していない。
「もし責められたら、『セルヴィアが許可した』と言って構いません。ファンデンベルクは連れてゆきます」
「そんなっ……。待って下さい……!」
なぜこんなに必死に引き留めようとするのか、それが理解できない。
ファンデンベルクに入られたくない理由が何かあるのだろうか? と、ついつい怪しみたくなってしまう。
「私のせいにして構いません。それで通していただけますね?」
「は……はい」
「では失礼しますね」
「は、はい……」
ややこしいことになってしまったが、何とかファンデンベルクを連れてゆけることになった。
倉庫内は薄暗い。真っ暗ではないけれど、明るくもない。一応いくつかライトはあるのだけれど、いまいち活躍していないのである。
「暗いですね」
踏み込むなりファンデンベルクが言った。
「本当よ。もう少し明るくならないものかしら」
大切なものを保管していることと中が暗いことに関連はないはず。なら、入った人がもう少し動きやすいように、全体的に明るくすることだってできるはずだ。でもそれをしていないのはなぜだろう。
「不気味ですわ……セルヴィア様……」
リーツェルが身を寄せてくる。
倉庫内の暗さと不気味さに怯えているみたいだ。
「大丈夫よ。敵なんていないのだし」
「分かっていますわ、でも……さすがに気味が悪いですわ……」
「気にしなくていいのよ、リーツェル」
妙に距離を縮めてくるリーツェルに向けてそんなことを言っていると、先に進んでいたファンデンベルクが振り返って声をかけてきた。
「王女。恐らく、鉱物はこの中かと」
何か発見したみたいなので、私は急ぎ気味に足を進める。
ファンデンベルクのすぐ近くまでたどり着いた時、視界に入り込んできたのは宝箱のような箱。
「……この箱?」
「恐らく、そうではないかと」
「開けてみる?」
私は一応手袋を着用している。それゆえ触れられないことはない。手袋を着用した状態でなら、触れても、うっかり指紋をつけてしまうということはないだろう。
「そうですね。しかし、慎重になる必要があります」
「それはそうだけれど……」
その時、倉庫内の光が完全に消滅した。
「ひゃっ!?」
左の脇腹辺りに柔らかいものが触れる。リーツェルの腕と胴だった。リーツェルを必要以上に怖がらせないよう、彼女の体を引き寄せておく。
刹那、何か人工物のような気配が体のすぐ傍を通過。
暗闇で何も見えないけれど、髪の先が少し切れた感じを覚えずにはいられなかった。
「王女!」
聞こえてきたのは、ファンデンベルクの声。彼にしては鋭い声の出し方だが、ファンデンベルクの声であることは確か。
その数秒後、誰かに当たられる。
身構えていなかった私はバランスを崩した。引き寄せていたリーツェルもろとも、バランスを崩して倒れ込んでしまう。二人が絡んでの転倒だからなおさらややこしいことになっている。
だが、ある意味では転倒して良かったかもしれない。
「くっ……!」
聞こえてくるのは、ファンデンベルクの詰まるような声。
何が起きている? 事件? あるいは災害?
闇の中では何も見えないし何も分からない。現状を把握することすら、まともにはできない。そんな中で湧き上がってくるのは、恐怖感。
直後ガチャンという重苦しい音が響いた。
それから数秒が経過して、室内に明かりが戻ってくる。
目の前に立っていたのは要所要所にやや軽そうな防具をつけた男性。だが私はその人を知っていた。いや、知っていると言いきるには不十分かもしれないけれど。でも、私は確かに、彼を見たことがある。
そうだ。
彼を見たのは、ここへ入る前だ。
「貴方……警備の人!?」
私は思わず叫んでしまった。
倉庫の見張りをしていた無口な人。その人が今、私たちの前に立っている。それも、銀色の刃物を持って。
「消えてもらう」
刃物を握った男性は静かにそんなことを言う。
その頃になって気づく。私と男性の間に立っているファンデンベルクが、左の二の腕を押さえていることに。
怪我でもしたのだろうか、と、不安になる。それと同時に、いろんな意味でもやもやしてくる。ファンデンベルクに声をかけたいけれど、この状況ではそういうわけにもいかないし。
「まずはお前が死ね」
男性は刃物を持ったままファンデンベルクに迫る。その瞬間、ファンデンベルクの肩の黒い鳥が宙に飛び上がった。男性は接近し武器を振る。ファンデンベルクは、右手を使って、男性の刃物を握る手を払いのけた。直後、飛び上がっていた黒い鳥が、男性に向かって急降下。その長くはないくちばしが、男性のうなじに地味に刺さった。
「んぐぅっ!?」
短めのくちばしでも刺されば痛いらしい、男性は声をこらえられていなかった。




