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episode.52 成果

 これは、ある意味ではオレイビアも被害者と言えるのか? いや、でも、危険なアドバイスを実行に繋げたという罪は彼女にもある。それゆえ、彼女がまったく悪くないかというと、そうでもないのかもしれない。危険なアドバイスを実行しないという道を選べたのだから。ただ、もし善悪を判断する能力が失われるくらい心が弱っていたとしたら……? 人間誰しも、確実に正しい道を選ぶことができるとは限らないのではないだろうか?


「悪かったとは……思っています。本当に、心から……」

「ごめんなさい。私、貴女を責めるつもりでいるわけではないのです。ただ、なぜそんなことになったのか、それを知りたくて」


 被害者のカンパニュラとて、オレイビアが責められることを望んではいないだろう。


「男の子……鉱物について教えてくれた、子でも……ありますけど……。彼、言ったんです……息子と共に、暮らす夢を叶える……協力をしてくれると……」


 オレイビアが前にも言っていた、男の子。

 彼は一体何者なのだろう。


「その男の子とは一体?」

「……詳しくは、知りません」

「何も知らない人の意見を採用したのですか!?」

「はい。悪人には……見えませんでしたから……」


 いやいや、いきなり物騒なアイデアを出す時点で怪しいだろう。


「あの子は……話を、とても親切に、とても……聞いて、くれましたから……」

「そうだったのですね」

「それで……信じずには、いられ……なくて……すみません」


 リーツェルは私の少し斜め後ろに立ったまま、困惑したような表情を浮かべ続けていた。

 多分、彼女も私と同じ心境でいるのだろう。


「今は……後悔、しています……。あんなことを、するべきでは……なかった、と……」


 息子を刺したら後悔することくらい、分かっただろうに。それなのになぜ傷つけたのか。もっとも、問いかけても答えなんて返ってこないのかもしれないけど。


「オレイビアさん……」


 どう声をかけるべきなのか。どのような接し方をするべきなのか。私には、その辺りが判断できない。強く責めるようなことを言うべきではないだろう、ということくらいは分かるけれど。


「……本当に、その……申し訳ありません……」


 カンパニュラのことは物凄く嫌いなリーツェルも、今は心配そうにオレイビアを見つめている。カンパニュラ本人とカンパニュラの母とでは、リーツェルの中での印象は違うのかもしれない。


「い、いえ! 責めるつもりでは!」

「でも……迷惑でしたよね。申し訳……ありませんでした」

「もう、怪しい者の言葉に耳を貸さないで下さいね」

「……すみません。その……は、はい……分かって、います……」


 聞きたいことや確認したいことがたくさんあって、でも、一方的に質問したり言葉を発したりし続けると責めているかのような雰囲気になってしまう。


 だから加減が難しい。


 わざわざ会いに来たのだから、いつまでも生産性がまったくない会話をしているわけにはいかないのだ。でも、だからといって、躊躇なく踏み込んでゆくわけにもいかない。


「では私はこれで。失礼します」

「は、はい……」


 オレイビアは苦手だ。いや、もちろん、出会ってすぐの頃はそんなことを思いはしなかったのだが。ただ、今はどうしても、上手に交流できる気がしない。


「どうしましたの? セルヴィア様。何だか元気がないみたいですわ」

「いいえ、何でもないの」

「嘘! わたくし、分かりますの。何でもなくないって!」


 なぜか妙に手厳しい……。



 ◆



「プレシラ王女! ただいま戻りました!」

「騒がしいのね、ムーヴァー」


 ブルーグレーのボブヘアが特徴的なプレシラは、自室にて、妙に騒がしいムーヴァーを迎える。

 今日は雨降り。細い窓越しに注がれる光は弱く、室内もあまり明るくない。電灯をつけていても心なしか薄暗さを感じさせる、そんな天気である。


「すみません。うるさすぎましたよね」


 プレシラに騒がしさを淡々と注意されたムーヴァーは、癖のように赤茶の髪を触りつつ、肩を落とした。表情からもフレッシュさがなくなった。今の彼は、まるで気の弱い小動物のよう。


 一方、プレシラはというと、落ち着きつつも強気な雰囲気をまとっている。

 腕組みしている辺りからも凛とした強さが感じられる。


「無事帰ってこられたようね。安心したわ。それで、成果は?」

「妹さんのことは……すみません! 分かりませんでしたッ!!」


 ムーヴァーは勢いよく頭を下げた。

 もはや言い訳することもできない、とでも言いたいかのような動作。


「成果はなし、ということね」

「妹さんのことは……何も分からずすみません! で、でもですねっ! 成果がゼロかというと、そういうわけではないんですよっ!?」


 頭を下げた後、ムーヴァーは両手をそれぞれ上下に激しく動かし始める。とにかく落ち着きがない。強く訴えたいことがある時の幼い子どものようだ。


「他に成果があった、ということかしら」


 濃紺のシンプルなドレスを着ているプレシラは、腕組みをしたまま、興味深そうにムーヴァーの顔を見つめる。


「そうです! そういうことでーっす!」

「いちいち騒がなくていいわよ。で、成果は何?」

「女王の護衛の一人を傷つけることに成功した、って件! でっす!」


 ムーヴァーの発言を聞き、プレシラは驚いた顔をする。


「護衛を殺したということ?」

「いや違うんです。殺しきることはできなくて。でも!でも、倒せました!」

「なるほど。それはやるわね」


 プレシラは腕組みをしたまま、右手の指でサイドの髪の先端を軽く触っていた。


「今なら、女王の首を取りにいきやすいかもです!」


 はりきっているムーヴァーは、体を軽やかに上下させながら言う。その声には明るさが濃く滲んでいる。今のムーヴァーは、かなり機嫌が良いのだろう。


「それは無理よ。唐突過ぎるわ」

「狙い目ですよ!」

「待ちなさいムーヴァー。何事にも、順序というものがあるの」

「えー」


 ムーヴァーは少し不満そうに唇を尖らせる。


「でも、貴方の働きは無駄じゃないわ。刺客を送り込むことはできるもの」

「そうですよね!」

「はいはい。ジタバタしないの」

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