episode.50 正直怖い
リーツェルと共に医務室へ向かう。
風をきりながら通路を歩いていると、なぜか妙に視線が集まる。通行人、侍女、皆がいちいち私たちの方を見てくるのだ。
それらの視線は、痛いものや冷たいものではない。
それは幸いなこと。
けれども、敵意のない視線であるとはいえ、やたらと見られるというのはあまり嬉しくない。
「見られてますわね……」
隣り合って歩いていたら最中、リーツェルがそんなことを言ってきた。
「そうね。これはきっと気にしちゃ駄目なやつね」
「それはその通りだと思いますわ」
「なるべく気にしないようにしましょ。気にしても何も変わらないわ」
本当なら、医務室への付き添いはファンデンベルクに頼んだ方が良かったかもしれない。なぜって、相手がカンパニュラだから。カンパニュラのことを嫌っているリーツェルに同行させるというのは、若干酷い気もした。
けれどもリーツェルに同行してもらうこととなったのは、ファンデンベルクがいなかったから。
ファンデンベルクは鉱物について調査するべく出ていた。そのため、同行者の役割を彼に任せることはできなかったのだ。幸か不幸か分からないけれど。
医務室に到着すると、ここでもやはり若干痛い視線を浴びることとなってしまった。
短い針が何本も突き刺さるかのよう。
けれども、その程度のことで怯んでいるわけにはいかない。今の私には、ここへ来た目的があるのだから。無駄なことに時間は使えない。
偶然一番近くに居た女性に声をかけ、「カンパニュラに会いに来た」と目的を伝える。すると、カンパニュラのところへ案内してもらえることとなった。思っていたよりスムーズな進行だ。
「お待たせしました。カンパニュラさんのベッドはこちらになります。カーテンは静かに開けていただきますよう、お願い申し上げます」
女性が離れていってから、私は恐る恐る白いカーテンに手をかけた。
何の連絡もなしに尋ねてきてしまった。怒られたらどうしよう。今になって、そんなことを考えてしまっている私がいることに気づく。が、ここまで来たら引き返せはしない。
前進するしかない、くらいの強い気持ちを持って、私はカーテンを開けた。
カーテンの向こう側には簡易ベッドがあった。十分もかからず組み立てられそうなそのベッドは、高級感はないけれど、便利そうな雰囲気だ。
「あの、えっと……失礼します」
カンパニュラは簡易ベッドの上に横たわっていた。
私が言葉を発しても、寝たままで、まったく反応しない。
「どうですの? セルヴィア様」
私の後ろに立っていたリーツェルが尋ねてくる。
「駄目ね。寝ているみたい」
「寝て?」
「気づかれていない感じだわ」
「それは少し意外ですわね。もっと鋭いのかと思ってましたわ」
カンパニュラは案外不快そうな顔はしていなかった。起きている時には見たことがないくらい穏やかな表情で横たわっている。心地よさそうだ。
「一旦帰りますの?」
「そうね。質の良い睡眠の邪魔をするのは申し訳ないし」
そんな風にリーツェルと話していた時、突然声が聞こえてきた。
「……王女?」
急に呼ばれた気がして、咄嗟に振り返る。すると、先ほどまで眠っていたはずのカンパニュラが意識を取り戻していた。動きはないが、目が開いている。
「カンパニュラさん! 怪我大丈夫でしたか」
「……何だと?」
「え。怪我なさったと聞いたのですけれど」
「あぁ……そのことか。問題ない。軽い傷で済んだ」
今のカンパニュラは、いつもの彼とは少し違っているような気がする。というのも、言葉選びの毒々しさが控えめなのだ。それに、表情も心なしか眠そうである。
「良かった……。大事にならなくて安心しました」
「あぁ」
「でも、少し眠そうですね」
「眠そう……か。確かに、若干眠いような気はするな」
いちいち嫌みを言わない綺麗なカンパニュラ。
彼となら、すんなり仲良くなれそうな気がする。
「ところで。貴方を刺したのはオレイビアさんだと聞きましたけれど、真実なのですか?」
いよいよ、一歩踏み込んで、本題に入っていく。
「……そうだ。いまだに……母の目的が分からん」
カンパニュラは横になって天井を見上げながらそんなことを言う。
「オレイビアさんは、今どこに?」
「城内警備隊に連れていかれた」
「そうでしたか……。それは、少し心配ですね……」
幸い命を脅かすような傷を負うことにはならなかったカンパニュラだが、オレイビアに対して聞きたいことは色々あるだろう。想い合っているからこそ知りたいと思うことだって、少なくはないはずだ。今の彼はきっと、とてももやもやしているに違いない。
「何がどうなったのか、覚えている範囲で構わないので教えていただけませんか?」
「母と話していた。そうしたら……急に不審者が現れた。その不審者をねじ伏せるところまでは、特に何も問題はなかったのだが……その後だ。母が急に刺してきた」
カンパニュラは溜め息混じりに一連の流れについて説明してくれた。
「オレイビアさんに一体何があったのでしょうね……」
「まさにそれ、というやつだ」
「あ! そうだ! では、私が直接聞いてみます」
「……妙にやる気だな」
いつもはカンパニュラと顔を合わせることを嫌がるリーツェルだが、今は黙って私の近くに待機してくれている。お馴染みの噛み付きそうな感じも、今は漂わせていない。
場の空気を読んでくれているのかもしれない。
「取り敢えず、城内警備隊のところへ行ってきますね。それから、オレイビアさんに会わせていただいて、話をしてみます」
「そう順調にいくだろうか……」
カンパニュラは、私が言っていることが上手くいくとは思えないようだ。
だがそれも無理はない。
事実、生きていて思い通りになることなんて、そう多くはない。むしろ、順調に進まないことの方が遥かに多い。それがこの世の定めだ。
「できることをします!」
「……そうか。分かった。すまんが……頼む」
え。
ちょ、待って。
カンパニュラから素直に「頼む」なんて言われたら、正直怖い。




