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episode.49 騒ぎを耳にし

 私がその騒ぎのことを知ったのは、侍女の一人が王の間へ駆け込んできた時だった。


「おうじょ——っあ、違った、すみません。女王陛下! 事件が発生していました!」


 駆け込んできた三十代くらいの侍女はかなり焦っているようで、まともに話せていなかった。詰まったり乱れたり、滅茶苦茶だ。


 しかも顔面が青い。

 完全に血の気が引いている。


「……どういうことですか? いきなり」

「カンパニュラという男性の方がですね! お怪我をなさって!」


 その言葉を聞いた瞬間、私はカンパニュラの身に何かあったのだと悟った。

 焦りたくなる案件だ。でも焦ってはならない。ここで慌てているようでは、立派とは言えないだろう。


「落ち着いて話して下さい。彼に何があったのですか?分かる範囲で構いません」

「男性が、さ、刺されたとかで……そ、それで……」


 侍女はやはりまともに喋ることができない。よほど衝撃を受けていたのだろう。いまだに呼吸が乱れていて、発する言葉は途切れ途切れだ。


「リーツェル、背中をさすって差し上げて」

「は、はい!」


 指示すると、私の近くにいたリーツェルはすぐに侍女に駆け寄る。そして、侍女の片手をそっと握り、顔を覗き込むようにして様子を窺う。すると侍女は、少しだけ気分が楽になったようだった。


「大丈夫ですの?」

「え、えぇ。ありがとう、リーツェルさん……」


 侍女の表情がほんの少しだけ柔らかくなったように見える。

 状況を報告しに来てくれた人がまともに話せない状態だとどうしようもない。早く落ち着きを取り戻してもらいたいところだ。


「それで、何があったんですの?」


 リーツェルは侍女の手を握ったまま尋ねた。


「カンパニュラさんという方が、刺されたようで……そのことをお知らせしようと……」


 それはもう聞いた。

 そんなことを言いたくなるが、我慢した。


「刺された? 不審者ですの?」

「それが……その、違うみたいで……お母様、なんです」

「え? それはどういうことですの?」


 王の間内に漂うのは、不穏な空気。


「お母様がいらっしゃっていましたよね……? その人が、刺した……みたいで……」


 オレイビアがカンパニュラを刺した?


 理解できない話だ。


 だって二人は両思いだったじゃないか。


 カンパニュラはオレイビアのことを何より大切に思っているようだった。母のためなら何でもできる、とでも言いそうな勢いだったことを、確かに記憶している。そして、オレイビアもまた、息子のことを何より大事に想っていた。もはや常識の範囲からはみ出しかけているくらいに。


 そんな二人の間で事件が起こるなんて、とても理解できなかった。


 普通の親子であれば「喧嘩して衝動的に」ということもなきにしもあらずかもしれないけれど、カンパニュラとオレイビアにおいてはそんなことがあるはずがない。


「事情がよく分かりませんが、それで、刺されたカンパニュラさんはどうなったのですか?」

「医務室へ運ばれるようでした……」

「そうですか、分かりました。報告ありがとうございます」


 カンパニュラのことだからそう易々と死にはしないだろう。


 きっと大丈夫。今はそう信じたい。


「そ、それでは……これにて……失礼致します……」


 侍女はリーツェルに支えられつつ一礼する。そして、王の間から出ていこうと足を出した。が、いきなりバランスを崩し、転倒しそうになる。


「危ないですわっ」


 リーツェルが即座に反応した。

 侍女の体を両腕で支える。


「大丈夫ですの……?」

「あ、ありがとう。リーツェルさん」


 表情は最初より柔らかくなったのだが、体調はまだ回復しきっていないみたいだ。


「少し休まれた方が良いですわ」

「できないわ、休むなんて……」


 無理しようとする侍女を見て、リーツェルは急にこちらへ話を振ってきた。


「休んでも問題ないですわよね? セルヴィア様!」


 まさかこちらに話が流れてくるとは。


「えぇ。仕方ないわ、事件だもの」

「ですわよね! セルヴィア様がそう仰っているんですもの、休んで問題ないですわよ!」


 働いてもらえるのはありがたいが、無理をしてほしいとは思わない。体調が悪い時くらいは休んでもらって構わない、と、個人的には考えている。


「ありがとう、リーツェルさん……。じゃあ、少し……休んでから、仕事に戻るようにするわね……」

「それが良いですわ!」


 侍女は退室。

 王の間内には私とリーツェルだけが残る。


「まったく。物騒ですわね」

「ホントそれね」


 これからどうなってゆくのか。まだ不確定要素が多すぎる。いや、もちろん、不確定要素が多いのはこれまでもそうだったけれど。でも、ここでカンパニュラが倒れたら、私の周囲の状況はまたしても変わってしまうことになる。


 人間ただ一人ごときが運命に逆らうことなどできない。

 定めは受け入れるしかない。

 それも分かる。どう考えてもそれが事実だ。分かるのだけれど、でも、できるなら苦労が少ない道を行きたい。


「ねぇリーツェル。私、カンパニュラさんに会いにいってくるわ」

「え! ……どうしてですの?」

「状況を把握したいの。そのためには本人から話を聞くのが一番早いわ」

「それは、そうかもですけれど……」


 リーツェルは、私がカンパニュラに会いにいくと言ったら、嫌な顔をするだろう。そんな風に予想していた。が、意外と、そこまで嫌な顔はされなかった。ただ、私が突然そんなことを言い出したことに対する戸惑いはあったみたいだ。


「じゃあ今から行ってくるわね」

「今から!?」

「え。何か問題があったかしら」

「い、いえ。……唐突過ぎて驚いただけですわ」


 こうして私は、カンパニュラが運ばれたと思われる医務室へ行くことを決めた。

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