episode.47 通話 ☆
カンパニュラの母親であるオレイビアと顔を合わせた日の昼過ぎ、久しぶりに激しい雨が降った。
王の間は天井が高く、小さな一つ一つの雨音さえもよく響く。雨の滴が地表を叩く乾いた音を聞きながら、空気が湿っていることを改めて強く感じる。雨の日特有の水の匂いも弱くはない。
「ねぇファンデンベルク。望みを叶える鉱物の話なのだけれど」
本日の大きな仕事は既に終わった。
後は、日頃からこなしていてある程度やり慣れている仕事が主だ。
「これまた唐突ですね」
「ごめんなさい。でも聞きたいことがあったの」
窓の外は薄暗い。まだ昼間だというのに、まるで、もう夕方になってしまったかのようだ。それほどに、今日の空を覆う雲は分厚いのである。
「鉱物について、ですか」
「えぇ。その存在は知っているのだけれど、実際に見たことはないのよね。どこに置いてあるか知ってる?」
周辺国から狙われ、噂も出回っている。にもかかわらず、その宝がどこにあるのかあまり知らない。それは何だか不思議なことだ。存在は有名なのに人前に出ることはない鉱物のありかには、少しばかり興味がある。もっとも、それを目にしてもすぐに使うつもりはないけれど。
「フライからとか、何か聞いていない?」
王の座に就く予定だったフライなら、何か知っていたかもしれない。
そんな風に考えてファンデンベルクに尋ねてみるけれど。
「いえ。それについてお聞きしたことはありません」
彼は即座にそう答えた。
ファンデンベルクが嘘をついているとは考え難い。彼が嘘を言う理由がない。それに、もし彼が嘘をついているのなら、リーツェルが何かしら突っ込むだろう。いつも些細なことでもファンデンベルクに絡んでいくリーツェルだ、ファンデンベルクの嘘を見て見ぬ振りするはずもない。
「そう……」
「情報が必要でしたら、調査でもして参りましょうか」
「できるの?」
「はい。望みを叶えると言われている鉱物について、今から調べて参ります」
刹那、ふと思った。
その鉱物について詳しいことが分かればこの国に平和を訪れさせることもできるのではないか、と。
どこまでも甘い考えかもしれない。けれど、望みを叶えると言われているその鉱物の存在がこの国に戦いをもたらしているということは事実。その鉱物を狙って攻めてきた国も少なくはないのだから。
つまり、その鉱物がなくなれば、この国は平和になるということだ。
「そうね。じゃあお願いするわ。争いの種は……できれば一つも残したくないもの」
ファンデンベルクは鉱物に関する調査のため王の間から出ていった。
リーツェルと二人になり、訳もなく安堵していると、誰かが扉をノックする。平穏が訪れるのはまだ先になりそうだ。
最初、訪ねてきたのはカンパニュラかと思っていたのだが、そうではなくて。あまり馴染みのない顔の青年だった。彼が言うには「自分は電話番」らしい。
「突然申し訳ありません。リトナ王女より、通話要請がありまして」
青年の口からその事実を聞いた時、私は戸惑わずにはいられなかった。リトナがコンタクトを取ろうとしてくるなんて、すぐには信じられなかったのだ。
けれども、時が経つにつれ、これはチャンスなのではないかと思えてくる。
あの一件以降リトナとはあまり交流がなかった。でも、もしかしたら、これを機にまた縁が繋がるかもしれない。もしそうなれば、また、何らかの変化が起きるかも。そんなことを期待してしまう。
「分かりました。繋いで下さい」
「は、はい!」
また何か仕掛けてくる? 前のように攻撃してくる?
不安がないわけではない。
けれど、前回と同じことになると決まりきっているわけでもない。
別の未来がある可能性とて、無ではないのだ。
『お久しぶりね! 平和ボケしたセルヴィアさん!』
第一声からリトナはリトナだった。堂々と嫌みをぶちかましてくる。それも、まったく躊躇いがないかのような雰囲気で。通話ゆえ表情は見えないけれど、きっと、今の彼女は何も思わず笑顔なのだろう。
「お久しぶり。調子はどうかしら」
『そんな質問をするってー、セルヴィアさんったら、相変わらず面白ーい』
リトナはなぜこうも明るいのだろう。
あんな事件があったというのに。
「元気そうね。何よりだわ」
『お花綺麗だしー、お茶も美味しいしー、今は文句なしっ』
一応人の尊厳は保たれているようだ。牢に入れることになった時はどうなることかと思ったが、この様子なら安心である。敵国の王女を酷い目に遭わせる、なんていうのは、さすがに危ない。
「今は牢の中で退屈でしょうけど……もう少しだけ我慢していて。ごめんなさいね」
『ふーん。リトナにそんなこと言うとかー、セルヴィアさんったら相変わらず甘ーい』
そうだ、私は甘い。リトナの言う通りだ。一度敵として行動した者に対してまだ歩み寄ろうとしているのだから、甘いと言われても仕方がない。言い返す権利は私にはないのだろう。
「リトナ王女。私……今も信じているわ。いつかはきっと分かり合えるって。だからどうか……いつかその気になったなら、仲良くしてほしいの」
言うと、リトナはケラケラと大笑い。
『あーもー! なーにそれー! 面白いすぎーっ』
物凄い勢いで笑われてしまった。笑ってもらうために言ったのではないだけに、少々複雑な心境だ。とはいえ、ここで怒っていては何の進展もない。関係の改善を目的とするのであれば、すぐに怒らず少しくらい流すことも必要となってくるのだろう。
「変なことを言ったわね、ごめんなさい。でも、元気そうで安心したわ」
『ぶっふぉ! ヤダーウケるー』
「それで、何か用だったのかしら」
『ううん! 何でもなーいのーっ』
「では、これにて失礼しますね。連絡ありがとうございました」
これ以上リトナと話すことはなさそうだ。
『へ!? もう終わりっ!?』
「えぇ。では失礼するわね。さようなら」




