episode.46 オレイビア
カンパニュラの母親、オレイビア。彼女は予想していたよりずっと慎ましい人だった。人前で言葉を紡ぐことが苦手みたいで、会話もゆっくりめのペース。独特の雰囲気を漂わせている。
「ティマトは……息子は、本当はとってもいい子なんです。でも、少し変わっていて、素直でないので……誤解が生まれているかもしれないと、心配でして……」
オレイビアの発言を耳にしたカンパニュラは、やれやれというような顔をする。
「すまない、王女。うちの母親は少々面倒臭いところがある」
「いえ、お気遣いなく。大丈夫です」
彼女がいくら面倒臭い人間だとしても、怖さがない分、カンパニュラ本人よりはましだろう。
「オレイビアさんは息子さんを本当に大切になさっているのですね」
「えっ……あ、は、はい。えっと、ティマトは……その……恋人のようなものですので……」
隣にいたリーツェルは、あり得ないものを目にしたかのような顔つきをしていた。
オレイビアの発言にかなり驚いているようだ。
だが、リーツェルが驚くのも無理はない。普通に生きていて息子を『恋人のようなもの』と明言する人に出会う機会なんて、滅多にないものだから。
「あっ……申し訳ありません。言い方が少し……おかしかったですね。申し訳ありません……」
「いえいえ! 気になさらないで下さい。カンパニュラさんがお母さんととても仲良しでいらっしゃることは聞いていましたので、驚いてはいません」
母親離れできない息子、と言うと、頼りない印象の男と受け取られやすいかもしれない。けれども、カンパニュラは頼りなくなんてない。多少ひねくれてはいるけれど、彼はしっかりした人だ。それに、運動神経も悪くない。 戦いも強い。
「そ、そうですかっ……ありがとうございます……! ええと……安心、しました」
「いえいえ」
「そ、それで、ところで……お話があるのですが……」
何だろう? と思いつつ、私は席からオレイビアの顔を見つめる。
「望みを叶える鉱物というものがあると、噂を聞いたのですけれど……」
え、待って。どうしてそんな話が出てくるの? それも唐突に。
——そんな風に思うが、口にはしない。
「鉱物、ですか?」
「あっ……はい。ここへ来る途中、男の子に会いまして。その子から……聞いたのです。望みを叶える鉱物がこの国にはある……そんな話を」
オレイビアがそんな話を口にしたことに驚いているのは、私だけではなかった。というのも、息子であるカンパニュラも驚き戸惑っているような顔をしていたのである。
しかし、なぜここで鉱物の話が出てくるのだろう?
彼女が言う『男の子』とは一体?
「待て。そんな話をするために来たのか」
「ティマトは黙っていて……?」
「母、そのような話をするためにここへ来ることを許可したわけではない」
カンパニュラは鉱物の話をしたくなさそうだ。
もしかしたら私に気を遣ってくれているのかもしれない。……いや、さすがにそれはないか。器用でない彼のことだ、私に気を遣って話題を変えようとしたりはしないだろう。
「セルヴィア女王……で、よろしかったでしょうか……?」
「はい」
「あ、ありがとうございますっ……。それで、先ほどの話に戻りますけれど……望みを叶える鉱物とは一体……何なのでしょうかっ……?」
オレイビアはまだ鉱物に興味を抱き続けているようだ。別の話題に移行してくれそうにはない。段々、今はこの話に付き合うしかないのかもしれない、などと思えてくる。
室内の空気は徐々に冷ややかな方向へと傾き始める。
リーツェルは「どうすればいいか分からない」とでも言いたげな顔。ファンデンベルクはオレイビアを怪しんでいるような表情。カンパニュラは溜め息を漏らす。
明らかに、良い方向へは向かっていっていない。
このままでは駄目だ。いつまでもこんな状態でいては、良い結果は招かないだろう。
だからこそ、私は正直なことを告げる。
「実は、私も詳しく知らないのです」
探せばもっと良い方法があったかもしれない。けれども、今の私には思いつけなかった。だからこの方法を選択したのだ。このくらいのことしか思いつかなくて。
「えっ……あ……そうだったのですね。申し訳ありません……」
オレイビアは片腕を胸の前に引き寄せながら謝罪する。
べつに責める気はないのだが。
「いえ。お力になれずすみません」
力になれず申し訳ないとは思う。でも、私が例の鉱物について詳しく知らないというのは、まぎれもない事実だ。だから力にはなれない。力になりようがない。
「で……ではっ……これで失礼しますね。お会いできて……良かった、ですっ……」
「こちらこそ。ありがとうございました」
「では、さようなら……」
王の間から出ていこうとしたオレイビアに、カンパニュラが付き添う。
「これにて、ひとまず失礼する」
「分かりました」
カンパニュラは扉を開ける。そうして生まれた通り道を、オレイビアはゆっくりした足取りで通過してゆく。その後ろ姿を、私は訳もなく眺めた。
当人が出ていくや否や、リーツェルが口を開く。
「怪しい人ですわね」
本人に聞こえてしまっていないかハラハラしたが、一応大丈夫そうだ。
「なぜ鉱物のことを聞いたのでしょう……」
リーツェルに続けて、ファンデンベルクまでそんなことを述べる。
二人とも、オレイビアのことを怪しんでいるようだ。
「オレイビアさんのことを怪しんでいるの?」
本人がいなくなったことをしっかり確認してから、私は二人に尋ねた。
「そうですわ! 怪しすぎですわよ!」
「信用できません」
リーツェルとファンデンベルクはほぼ同時にそう述べた。
信じられないくらい、息がぴったり。
「個人的には『男の子』という存在が気になります。一体何者なのか」
ファンデンベルクが口にしたこと。それは、私も少し気になっていたこととほぼ同じことだった。男の子とは誰なのか、という疑問である。
ここへ来る途中、と言っていた。ということは、恐らく、キャロレシア領内で男の子に出会ったのだろう。だとしたら、男の子はキャロレシア人の可能性が高いか。
それを置いておいたとしても、疑問はある。
男の子が初対面の人相手になぜそんな話をしたのか、という疑問だ。




