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episode.45 人見知り傾向のある母親

 カンパニュラの話によれば、彼の母は「セルヴィア様に会ってみたい」と言っているらしい。正直意外だった。会ってみたい、なんて言われるなんて、欠片ほども想像していなかった。こんな私に会いたい人がいるなんて。


 ……でも、会ってみたいと思ってもらえることは嬉しいことだ。


 たとえ一度も会ったことのない人だとしても、私に会いたいと思ってくれているなら、それは感謝すべきことだろう。

 で、カンパニュラの母親は明後日の午前中くらいには会いに来るらしい。


「あの男のお母様が来るだなんて……まったく、意味不明ですわ」

「いきなりな話よね」


 今日の夜にとか、明日の朝一でとか、そんな急さでなかったことは唯一の救いか。だが、時間があるといっても多少だ。のんびりしていられるほどの余裕があるわけではない。


「書類も片付けなくちゃなのに、また用事が増えるなんて……」


 次から次へと用事がやって来てしまう。この程度で大変なんて言うのは勝手過ぎるかもしれないけれど、けれども大変だ。すべてをやり遂げられるのか、不安が大きい。


「ほーんと迷惑ですわよね。はいっ! クッキー追加ですわ!」


 リーツェルはさりげなくクッキーを大量に追加してくれた。

 嬉しいような嬉しくないような。


「ありがとうリーツェル。またいただくわ。そこに置いておいて」

「はいっ」


 取り敢えず今ある仕事を終わらせなくてはならない。

 明後日のことを考えるのは、その後だ。


 書類の内容の確認とおおまかな把握。大きなミスがないかの確認。そして、サインを綺麗に書く。


「セルヴィア様はサインがお上手ですわね!」

「褒めてくれるのね、ありがとう」


 自分の字を褒めてもらう経験というのは、案外、これまであまりなかった。それゆえ、とても新鮮な感じがする。私が書く文字に注目してもらえるなんて思っていなかった。



 カンパニュラの母親を迎える日。


 その日は朝から空が分厚い雲に覆われていた。

 窓から見える世界は薄暗い。もうじき雨粒がこぼれ落ちてきそう、という感じの空模様だ。また、不穏な風が吹いているようで、地上に見える木々を揺らしている。


「髪型。手袋。……よだれかけ? それと、靴、ワンピースの後ろ」

「完璧ですわよ、セルヴィア様」

「本当? ありがとう。カンパニュラさんのお母さんはもうじき来るかしら」

「そうですわねっ」


 自分でも鏡や手を使って確認した。そのうえで、リーツェルがひと通り確認してくれた。ここまで細かく確認したのだ、さすがにおかしな部分はないはずである。


「完璧ですわ!」

「よし!」


 自室にてリーツェルと二人そんなことを言い合っていた時、ファンデンベルクが部屋に入ってきた。


「カンパニュラさんのお母様がいらっしゃったようです。王女」


 部屋へ入るや否や、ファンデンベルクは述べた。


「え! もう!?」

「はい。まもなく入室されるかと」

「えっ……ちょ、本当に!? もうそんな感じ!?」

「少し待っていただくよう伝えて参りましょうか」


 面会はもうじき始まるだろう。そこまでは想定していた。だが、現実は想定の一歩先を進んでいて。思った以上に早く顔を合わせることとなりそうだ。


「大丈夫よ。間に合うわ。……いいえ、間に合わせてみせる。すぐに行くから」

「承知しました」


 いよいよカンパニュラの母親と顔を合わせる時が来る。



 カンパニュラの母親がやって来たという報告を受け、私は速やかに王の間へ向かった。


 齢二十と少しの私にできることなんて限られている。王の座にあっても、それに相応しい品格を持ち続けるというのは非常に難易度が高い。所詮、何も知らぬ娘は何も知らぬ娘だ。すぐに偉大な王となることはできまい。


 それでも、悪い印象を抱かれることだけは避けたい。

 だからこそ私は王の座に座る。そして客人を待つ。心を落ち着け、静かに、その時の訪れを待つのだ。


「カンパニュラだ。失礼する」


 私が着席してから数十秒ほどが経過した頃、カンパニュラが唐突に入室してきた。


「お母さんもいらっしゃったのですか?」

「あぁ。私に続いて入室する」

「そうだったのですね。分かりました」


 待つこと十数秒。

 再び扉が開いて、一人の女性が顔を覗かせた。


「ええと……お邪魔しますね」


 女性は凛とした美しさを持った人だった。


 髪の色はカンパニュラと同じ。しかし髪の長さは彼とは違っている。耳の下で一つに束ねていて、その房の裾は胸の少し下辺り。また、房には軽く巻きがかかっており、おしゃれさを感じさせるようなスタイルになっている。


 年齢は六十代くらいだろうか、顔面にはいくつかシワが刻まれている。が、みっともなさはない。枯れ果てた感じもない。むしろ、そのシワが一種の美しさを高めているかのようだ。


「は、初めまして。オレイビア・カンパニュラと申します。ええと……いつも息子がお世話になっております」


 カンパニュラの母親であるオレイビア、彼女は私が想像していたより大人しい女性だった。

 見た感じ凛とした美しさを持っているように思えるのに、実は人見知り傾向。いろんな意味で不思議な人だ。


「初めまして。こちらこそ、いつもお世話になっております」

「あっ……そんな。息子が迷惑をお掛けしていないか……心配でしてっ……」


 今になって気づいたが、オレイビアが着ている服は地味に高級そうだ。


 下に着ている白いワンピースは艶のある生地。身体のラインが出る比較的ぴったりしたデザインながら、品があり、やらしさはない。また、首元には紫色のスカーフを結んで作ったリボンのようなものがついていて、見る者に心なしかシックな印象を与える。


 その上に羽織っているケープのようなものは、毛糸で作られているようだった。

 首元のリボンに近い紫系統の色だが、首元のリボンよりは少し明るめの色みである。


「その……息子が迷惑をお掛けしていないか……実は、気になって眠れません」

「え? まさか。カンパニュラさんにはいつもお世話になっています。迷惑なんて、そんなことを仰らないで下さい」


 確かに、カンパニュラ関連でややこしいことになることも、まったくないわけではない。彼の不器用さが厄介なことを生み出す、というパターンも、時折はあった。が、いつも迷惑をかけられているというわけではない。むしろ助けられているくらいだ。


「私がこのようなことを申すのは失礼かもしれませんが……息子さんはとても良い仕事をして下さっています。ですから、どうか、安心なさって下さい」

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