episode.43 野菜のポタージュ
お茶を楽しみつつ話せるものかと思っていたが、リトナは突然私たちに攻撃を仕掛けた。幸い被害は軽微なもので済み、死亡者も出なかった。けれど、彼女はそのまま拘束されたと聞く。噂によれば、殺害はされていないが牢に入れられているとか。結果、私の心の中には曖昧なものが残り続けることとなった。
そして今朝は、リトナに関する報告を受けている。
「リトナ・ロクマティスは現在四番牢に収容されております。健康状態は良。ロクマティス王女ゆえ個室を与えておりますが、何か変更すべき点はありましたでしょうか?」
リトナについて報告しにやって来てくれる青年、彼の名ははっきりと思い出せない。時折名乗ってはくれるのだが、長いうえに複雑で、いまだにきちんと覚えられていないのだ。
「いえ。変更は特にありません」
名前すら覚えられない、なんて、失礼なことでしかないけれど……。
「そうでしたか! では、引き続き、現状維持で進ませていただきます!」
「ありがとう。よろしくお願いします」
ファンデンベルクとリーツェルは王の座の左右に立って待機している。人を迎える時にはこういう形を作ることが多い。絶対的な決まりがあるわけではないのだけれど、時が経つにつれて自然とこうなったのだ。
「他に何かありましたでしょうか、女王」
「あの……リトナ王女にはあまり酷いことをしないで下さい」
「え?」
「お花とお茶を」
「は、はい! 承知しました! では、仲間たちにもそのように伝えておきます」
青年は数回頭を下げると、あっという間に部屋から出ていった。
残ったのは、私とファンデンベルクとリーツェルだけ。お馴染みの顔ぶれ。
「そういえば、今日これからの予定は? 二人は何かあるの?」
ふと思い尋ねると、リーツェルはすぐに「何もありませんわ!」と述べた。それも、とても晴れやかな表情で。どうやら、本当に用事はないらしい。
一方、ファンデンベルクは、意外なことを言い出す。
「僕は午後から少し出掛けるかもしれません」
従者とて個人ではある。生活のすべてを報告しなくてはならないという義務があるわけではない。だが、用事があるだなんて欠片ほども聞いていなかったので、少し驚いた。
もちろん、怒っているわけではない。
「そうなの?」
「すみません。……伝え忘れていました」
頭を下げるファンデンベルクに対し、リーツェルは「連絡が遅すぎですわ!」と言い放つ。彼女のファンデンベルクへの厳しさは変わりない。
「何か用事?」
「護身術訓練会なるものがあるそうで、それに参加することになりました」
「それは凄い……! いや、よく分かっていないのだけれど……でも、凄そう……!」
護身術など、まったく知らない。
私が身を守るために使えそうなものといったら、この手の力くらいのものか。
「ファンデンベルク! 言うのが遅いですわよ!」
凄まじい勢いで物を言うのはリーツェルだ。
彼女は、両手をしっかりと腰に当てて、威張るようなポーズをしている。
「ですから謝罪しています」
「もっと早く言っておくべきでしたわね!」
「謝っているではありませんか」
王の間内に漂うのは、何とも言い難いような空気。
乾いているけれど気まずさがあるような。
「いいのよいいのよ。ファンデンベルク、気にしないで。気にせず行ってきてちょうだい」
このまま放っておいたら、リーツェルがいつまでもファンデンベルクを責めそうだ。それも、遠慮のない、非常に鋭い言い方で。それはさすがにファンデンベルクが可哀想。なので口を挟むことを決意したのである。
「王女……! ご理解感謝します」
いつもと同じ黒いスーツを着用しているファンデンベルクは、そう言って一礼。
「とはいえ、すぐに出発するわけではありません」
ファンデンベルクの右肩にはお馴染みの黒い鳥が乗っている。
二本の細い足でスーツの生地をがっしり掴んでいるのを見たら「破れたりしないの?」と心なしか疑問に思ったりもした。けれど、黒い鳥の呑気そうな表情を眺めるのは嫌いでない。ほっこりさせてくれるから。
「そうだったわね。確か午後?」
「はい。昼食後に行って参ります」
「分かったわ」
彼が出ていくとなると、リーツェルと二人きりになるのだろうか? それとも誰か代わりの者が? その点ははっきりしない。いや、これまでも二人になることはあったのだから、今さら気にするべきではないのかもしれないけれど。でも、気になるものは気になるのだ。ころりと生まれた疑問は、解決されるまで消えない。
「ファンデンベルクがいない間はリーツェルと二人かしら」
「そうですわ! セルヴィア様!」
リーツェル本人が即答した。
「時間があれば色々語り合いたいですわね!」
「えぇ、そうね」
「あ。でも……セルヴィア様は忙しいですわよね……」
「作業しつつならいつでも話せるわ」
何の気なしに言ったのだが、リーツェルは物凄く嬉しそうな顔をした。
「それもそうですわね! ではそれでお願いしますわ!」
話せることが嬉しかった? でも、私と話すことがそんなに嬉しいなんてことはないだろう。恋人じゃあるまいし。暇潰しに使えそうな者が見つかったことを喜んでいた? いや、それも正しくはない気がする。でも、だとしたら、なぜ嬉しそうな顔をしたのだろう?
「ファンデンベルク、行ってきていいですわよ!」
「……言っていることが変わりましたね」
突然今までと逆のようなことを言われたファンデンベルクは、冷めた表情で返した。
「うるさいですわ! いいからさっさと行ってきなさい!」
「いえ。外出するのはまだ先です」
「そういえばそうでしたわね。忘れてましたわ。あ、でも、早めに出ても良いんですのよ? わたくしはセルヴィア様と楽しく過ごしておきますわ!」
その後、私はこなさなくてはならない仕事を進めた。
もっとも、仕事と言ってもそんな大層なものではない。書類の内容を確認したり、報告を受けたり、サインをしたり、その程度のものばかりだ。重要な仕事は意外と私には回ってこないのである。
けれども忙しいことに変わりはない。
デスクワークにも徐々に慣れてきた。が、完璧というにはほど遠い。完璧を目指すなら、もっと多くの経験を積まなくてはならない。
そうして昼食の時間を迎える。
本日の昼食のメニューは、パンと野菜のポタージュ、そしてヨーグルト。飲み物は清潔な水だ。
「セルヴィア様! このポタージュ美味しいですわ!」
野菜のポタージュには、色々な種類の野菜が具として入っている。とろみのついた白いスープ部分は、わりと塩辛い。けれども、大きめの野菜が入っているから、汁の塩辛さから嫌な印象を受けることはない。むしろちょうどいい。
「リーツェルは好きそうね」
「え。セルヴィア様はお好きでないんですの?」
「いいえ、好きよ」
「ですわよね! 美味しいですわ!」




