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episode.42 姉の心境

 プレシラは自室内にて一人佇んでいた。


 薔薇の香りが漂う室内には、ヴェールがかけられたダブルベッドが一つあり、テーブルと二つの椅子が存在している。

 その部屋にある窓は一つだけ。横幅は三十センチあるかないか程度しかないが、縦は一メートル以上あると思われる。極端に縦長な形の窓である。半透明の白っぽいカーテン越しにであっても、外からの光が射し込んできている。


 プレシラが座っているのは、テーブルの近くに置かれている椅子。


「リトナ……」


 彼女はただひたすらにリトナの身を案じていた。


 一人着席しているプレシラは、ワインレッドのドレスを身につけている。黒い襟が首まで包み込み、袖は手首まであり、裾は足首の辺り——露出は少ないドレスだ。体のラインは出ないようにデザインされているが、フリルが多く重苦しい雰囲気ではある。


「どうして……どうして、こんなことに……」


 今、プレシラは、自室で待機するよう父親である王から指示されていた。それゆえ、一日のほとんどの時間を自室にこもって過ごさなくてはならないような状態に陥ってしまっている。

 けれど、本当にプレシラの心を蝕んでいるのは、その指示ではない。

 プレシラが憂鬱に過ごさなくてはならなくなった原因。それは、リトナがキャロレシアに拘束されたという事実。


 大切な妹が敵国に拘束された。

 そのことが、プレシラの心に影を落とし続けている。


 プレシラが一人椅子に座って震えていた時、唐突に誰かが扉をノックする。その音に気づき、彼女はようやく面を持ち上げた。


「はい。どなたでしょうか?」


 落ち込んでいることを悟らせまいと、プレシラは凛とした声を作り対応した。

 すると扉の向こうから少年のような声が返ってくる。


「プレシラ王女! 僕です! ムーヴァー!」


 夏の晴れの日の空を連想させるような男声。


「……ムーヴァー?」


 その名前に、プレシラは反応した。

 何かしら気づいたことがあった様子。


「待って。すぐ開けるわ」


 プレシラは椅子から立ち上がる。そして、ブルーグレーの長くはない髪をなびかせつつ、扉の方へと歩き出した。


 やがて彼女の手が扉を開ける。

 プレシラは一人の少年と真正面から向き合うこととなった。


 ムーヴァーと名乗ったのは、十代半ばくらいに見える人物。天然パーマ風の赤茶色の髪が特徴的な人物だ。自由奔放な空気を放っていて、けれども、真面目さも感じられる。また、初々しさのようなものも垣間見える。そんな少年である。


「お久しぶりです!」


 プレシラが扉を開けるや否や、ムーヴァーは元気よく発した。


「貴方……! ……えぇそうね。確かに、こうして会うのは久々だわ」


 プレシラもムーヴァーのことは知っていたようだ。彼女はムーヴァーの顔を見て、少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた。


「顔を合わせるのはいつ以来かしら……」


 手で口もとを隠しつつ、プレシラはそんなことを述べる。その時、彼女の視線は、誰もいないところを漂っていた。気まずさがあってのことか、彼女の視線はムーヴァーには向いていない。


「すみません! 実は覚えていないんでっす!」


 ムーヴァーは穢れのない真っ直ぐな笑みをプレシラに向ける。

 少々情けなさが感じられるような雰囲気。しっかりしているとは言い難いような笑顔。ただ、彼の笑顔は他者を不愉快にするようなものではない。


「あら、そうだったの」

「だいぶ久しぶりですよね!」

「それもそうね。……それで? 用は何?」

「妹さんがキャロレシアに拘束されたと耳にしまして……!」


 その言葉を聞いた瞬間、プレシラの表情が一気に固くなった。

 彼女の表情の変化に即座に気づいたムーヴァーは、焦ったような顔をする。


「えっ。もしかして、僕、まずいこと言いました……?」


 ムーヴァーは、上半身に身につけている体操着のような服の裾を片手の指でつまみつつ、プレシラの顔色を窺っている。怒られそうにないか、嫌がられていないか、とにかく色々なことを気にしているようだ。


「いいえ、少し驚いただけ。気にしないでちょうだい。……貴方は悪くない」


 プレシラは目を伏せつつもきっぱりと言い放つ。その言い方に迷いは一切なかった。言葉の発し方から、彼女の芯の強さを感じられるかのようだ。


「こんなことを聞くのは失礼かもしれないですけど、妹さんはどうして拘束されてしまったんですか?」

「隊を率いて国境へ行ったの。実際に戦う部隊ではないから、と言われて」

「敵をおびき出す役割の隊ですか?」

「えぇ、そんな感じね。でも……何がどうなったのか、リトナは捕らわれてしまった……」


 縦長の窓から降り注ぐ光は、今も変わらず穏やかで。けれどもプレシラの表情は薄暗いまま。まったくもって明るくなりそうにない。


 室内が明るくなっても、彼女の胸の内までは変わらない——それが世の理。


 だが、プレシラが明るい顔をしてくれないからといって、すぐに挫けるムーヴァーではなかった。彼は彼なりに手を打ちつつ話を進める気でいるようだ。


「あの、アイデアがあるんですけど!」


 ムーヴァーは敢えて明るさの感じられる表情を作りながら物を言う。


「アイデア……?」

「僕がキャロレシアに行ってくるっていう案!」


 それにはさすがのプレシラもぽかんとした顔をしてしまっていた。何を言っているのかすぐには理解できない、とでも訴えたそうな表情。


「僕が忍び込んできますよ! で、妹さんのことも調査してきます! ……なんて、どうかなーと」


 赤茶色の髪を手でくしゃくしゃと乱しつつ、ムーヴァーは提案する。


「そうね……でも、貴方で忍び込めるのかしら?」

「今! 馬鹿にしましたよね!?」

「いいえ、そうじゃないわ。貴方にそんなことができるのか、そこが気になっただけよ」

「やっぱり馬鹿にしてるじゃないですか!?」


 ムーヴァーが訪ねてきたことによって、プレシラの部屋は少しだけ賑やかになった。しかしプレシラ自身の心はまだ変わりきってはいない。その精神状態は、多少は改善したかもしれないけれど、ほぼ改善していないに近いような状態と言っても間違いではない。プレシラの心に光が射す瞬間は、まだあまり近くないかもしれない。

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