episode.41 帰還
取り敢えず王の間にまで帰ることができた。
リトナが牙を剥いた時にはどうなることやらという感じだったけれど、何とか命は助かった。それも、私だけでなく皆。負傷者は出たけれど、誰も落命せずに済んだ。それだけでも、かなり幸運だったと言って差し支えないだろう。
「ようやく帰ってくることができたわね!」
王の間へ入るや否や、私は思わずそんなことを発してしまう。
「疲れましたね」
私が背伸びをしかけた瞬間、背後にいたファンデンベルクがぽそりと呟いた。
私は咄嗟に体の前面を向ける方向を変える。すると、ファンデンベルクの顔が視界に入った。ただ、表情からは何も感じ取れない。ファンデンベルクは無表情に近い表情のままだ。
「そ、そうね! 疲れたわよね! 付き合わせてごめんなさい。休んで」
慌てて近くにあった椅子を差し出す。
簡易的な椅子だが、座って休憩するくらいは可能だろう。
「休んで、は、おかしな話です」
ファンデンベルクは差し出された椅子をじっと見ていた。
不思議な生物を見るかのような見方で。
「え。そうかしら? 特におかしいとは思わないけれど……」
「仕事中ですから」
「まぁそれもそうね。でもいいの、座って」
私が問題ないと言っているのだから、問題ないだろう。
「ね? ほら!」
そう言って、私は半ば無理矢理のような形でファンデンベルクを椅子に座らせる。
仕方なく着席したファンデンベルクの肩に黒い鳥が降り立つ。
その黒い鳥はよく見てみるとふっくらしている。体全体が柔らかそうな羽根に包まれていて、柔らかそう。思わず抱き締めたくなるような見た目だ。
「しかし……僕はなぜ座らされているのでしょうか。そこがよく分かりません」
理由も分からぬまま一応座ってくれる辺りに心なしか優しさを感じる気もする。
「休んでほしいからよ」
「それは一体、どういう意味です」
「どういう意味って……面白いことを言うのね」
そんな時だ、リーツェルが部屋に入ってきたのは。
勢いよく扉を開けて入室してきた彼女の顔は健康そうな色をしていた。何らかの問題が発生してやって来た、というわけではなさそうだ。
「セルヴィア様! 無事でしたの!」
目と目が合った瞬間、リーツェルの顔面に柔らかく晴れやかな色が広がった。
いつもこんな顔をしていれば驚くくらい人気者になれそうだ。
「えぇ。無事よ」
「リトナ王女のこと……聞きましたの。それで、心配していましたの」
言いながら、リーツェルは素早くこちらへ向かってくる。
「心配させてしまった? それはごめんなさい」
ファンデンベルクは黒い鳥を肩に乗せたまま椅子に座っている。が、特別な表情をしているというわけではない。しかも、ぼんやりと宙を見つめている。大丈夫だろうかと少し思ってしまうような状態だ。
「無事なら良かったですの! 文句なしですの!」
「ありがとう」
刹那、リーツェルが急に手を掴んできた。接近していたとはいえ手を掴まれるとは思っていなかったので、直後は若干驚いた。当然、嫌だったというわけではないのだけれど。
「で、これからはどうしますの? 仕事を続けますの?」
「そうね……徐々に戻るわ」
リトナとの面会は結局何も生み出さなかった。いや、何も生み出さないどころか、騒ぎを作り出してしまった。わざわざ機会を作ったわりに、成果は無に近い。もしかしたら失策だったかもしれない。ファンデンベルクの反対に従っていた方が良かったのかもしれない、などと、心なしか考えてしまう瞬間もある。
もっとも、今さら何を思っても無意味なのだけれど。
「……って、ファンデンベルク!? アンタ何してるんですの!?」
「何、とは?」
「どうしてこんなところで座ってるんですの!?」
リーツェルは本気で驚いているようだった。顔面を硬直させているし、目を何度もぱちぱちさせてしまっている。
確かに、王の間の中でファンデンベルクがちんまり椅子に座っているというのは、珍妙な光景と言えるだろう。事情を把握していない者が見たなら、戸惑わずにはいられないかもしれない。かなり不自然さが強い光景だから。
「王女に休むよう言われまして」
「そうですの!? ……でも、さすがに、その状態でいると変ですわよ」
「負傷していたので、気を遣って下さったのでしょう」
その場に本人がいるのに、想像したような言い方をするというのは、どことなく不思議な感じがする。上手くは表現できないが、違和感のようなものを感じずにはいられない。
「セルヴィア様、ファンデンベルクの怪我は酷いんですの?」
「それほど酷くはないようだったけれど……」
「なら良かったですわ! 安心できましたわ! セルヴィア様」
リーツェルはとても良い子。男性には厳しいけれど、女性には優しい。だから嫌いではない。ファンデンベルクやカンパニュラとももう少し仲良くしてくれればと願いはするけれど、今のありのままのリーツェルを全否定しようと思っているわけではない。
「そろそろ良いですか、王女」
その時になって、ファンデンベルクが椅子から立ち上がった。
「もう良かったの?」
「はい。十分休息できましたので」
「それは良かった」
「お気遣いありがとうございました」
もしかして、リーツェルに言われたことを気にしてる?かなりではないにしても。多少は気にしていて、椅子から立ち上がった? だとしたら少し可愛い気もする。若いとはいえ男性であるファンデンベルクに可愛いなんて言い方は失礼かもしれない。でも、リーツェルに言われたことを気にしているとしたら、本当に可愛いという言葉が似合う。
「リトナ王女とは仲良くなれませんでしたのね……。残念ですわ」
「えぇ……」
私とリーツェルはほぼ同時に溜め息をつく。
「大きな溜め息ですね。それも、二人揃って」
ファンデンベルクは私たちが漏らした溜め息を聞き逃さなかった。
「アンタは黙ってろですわ!」
「……リーツェルは喧嘩腰にもほどがあります」
「アンタには関係ないことですわ!」
「はぁ……。いちいち喧嘩を始めないで下さい」




