episode.40 ややこしい
あの後、医師の男性に状態を確認してもらったが、ファンデンベルクの腕の傷はそれほど酷いものではなかった。
リトナの手のひらから放たれた弾丸が掠ったということで一時的に痛みや出血はあったけれど、命にかかわるような怪我ではなかったみたいだ。
「では、これから数日、一日に数回消毒を行うこととしましょう」
今後の対応として医師が言ったのは、それだけ。
「ここを訪れれば良いのですか」
「そういうことです。余裕がある時で構いませんから、ここへ来て下さい。その時、消毒と確認を行います。心配せずとも、すぐに終わりますよ」
予想以上にあっさりした対応だった。
これで医務室での用事は終わり。
「案外すぐに終わったわね」
「はい。お待たせしました。それでは部屋へ戻りましょう」
「気が早くない!?」
「効率的と言って下さい」
いや、もちろん、良く言えば『効率的』なのだろうけど。でも、私から見れば、思考と行動が妙に早い人としか捉えられない。もっとも、私が遅いのだと言われればそれまでだが。
医務室を出て、王の間と自室が合体している部屋へと向かう。
その最中カンパニュラと遭遇した。
「あ! カンパニュラさん。状況は……どうでした?」
彼が真正面から歩いてくることは想定していなかった。が、運良く、それなりに自然に会話に入ることができた。
「リトナとやらは拘束された」
「あのまま……?」
「そういうことだ」
拘束された、と言っているということは、リトナは生きているのだろう——そのことになぜか安堵している私がいた。
「部屋に戻るところか」
「あ、はい。そうです。医務室帰りで」
「……医務室、だと?」
「逃げる途中にファンデンベルクが怪我したので」
ややこしい話にならないよう、具体的に述べておく。
「そうか。で、どうだった」
「一応大丈夫そうでした。定期的に消毒だけしておくくらいで済むみたいです」
「そうか。ま、その程度でくたばっているようでは従者も務まらんだろうな」
唐突に発してくる挑発的な言葉。それを耳にしたら、どうしても複雑な気持ちにならざるを得ない。本人も深い意味があって言っているわけではないのだろうから、本当は、ただ無視すれば良いだけのことだ。でも、私にはそれができない。軽く流す能力が足りないのだ。
「どうしてそんな言い方……!」
「王女、落ち着いて下さい。怒る必要はありません」
つい食ってかかりそうになってしまったが、ファンデンベルクに止められる。
「そ……そうね。それもそうだわ。落ち着くわ」
「その方がよろしいかと」
「ありがとう。貴方の言う通りよ。……そうだ! カンパニュラさん!」
ファンデンベルクに冷静であるように言われ冷静さを少し取り戻してきたタイミングで、私はあることを思い出した。
「カンパニュラさんも負傷なさってましたよね!? 今さらすみません。でも、その……気になって」
「気にするな」
何その言い方!? と言いたくなるが、それはこらえる。
ただし、言いたいことは言わせてもらう。
「気にしないわけにはいきません」
「しつこい」
カンパニュラは私が発言してから二三秒も経たぬうちに返してきた。それも、一切迷いのない調子で。
「……カンパニュラさん。貴方はなぜそうなのですか」
彼の挑発的な発言に苛立ってはならない。器を試されている、くらいに思って、冷静さを保ち続けながら接さなくてはならない。小さいことで怒ったり暴れたりなんてしてはならない、というのは、王たる者の義務と言えるだろう。
もっとも、私にはそんな広い心はないのだが。
「心配なのです!」
「勝手に心配しておいて偉そうに物を言うな」
「なっ……何ですか! それは!」
「そのような無駄な会話をする気はない」
なぜだろう、今のカンパニュラは妙に厳しい物言いをする。多少は親しくなれたものかと思っていただけに、非常に残念な気持ちだ。最初から彼の心はこうだったのだろうか。私が感じていた小さい変化は、単なる幻に過ぎなかったのだろうか。
そんなことを考えて何とも言えない気分になっていた時だ。
「ところで、手当てはお済みなのですか?」
それまで口を閉ざしていたファンデンベルクが、唐突に質問した。
個人的に、それは予想外なことだった。まさか彼が口を挟んでくるとは思わなくて。だから、とても驚いた。ファンデンベルクが質問するなんて、意外中の意外。
「いや、今からだ」
しかも、カンパニュラはその問いにあっさりと答えた。私にはまともなことを返してくれなかったのに。なぜ対応がこんなにも異なっているのだろう。私には余計なことばかり言うのに、ファンデンベルクにはきちんと対応するだなんて。
「それは急がなくてはなりませんね」
「いや、それほど急ぐことはない」
「そうですか。急がねばならない状態でなかったなら安心しましたが……」
ファンデンベルクはそこまでで言葉を切った。どうやら続きはなかったらしい。だが、カンパニュラは察して流すことはしなかった。
「……続きがあるのか?」
やや目を細めてカンパニュラが問う。
それに対し、ファンデンベルクは、落ち着いた声で「いえ」と答えた。
「今から部屋に戻るのか」
「はい。王女の部屋へ行きます」
男二人の会話はまともに成立している。二人からは仲の良さは感じられない。けれど、会話自体は不自然なものではなかった。
「念のため気をつけた方がいい」
「承知しました」
「どこに何者がいるか分からんからな」
「仰る通りです。気は緩めません」
結局カンパニュラの腕の怪我はどんな感じだったのだろう。確か、リトナに超至近距離から爪を刺されたはず。痛そうだったが、ダメージはそんなになかったのだろうか。
「カンパニュラさん、先ほどは申し訳ありませんでした。喧嘩を売るような態度を取ってしまって。その……悪気はなかったんです。ただ……少し、心配になっただけで……」
勇気を出して、もう一度話しかけてみた。
「気にすることはない」
「……ありがとうございます」




