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episode.38 可憐なる銃姫

「隙ありすぎー。面白ーい」


 リトナはカンパニュラと私を順番に見てから、悪人のように口角を持ち上げる。


「何を……したの……?」

「セルヴィアさんったら、意外と目が悪いのね! これを使ったの!」


 そう言って、リトナは右手の甲を見せてくる。あったはずの艶やかな爪がなくなっていた。何もしていないのに爪が剥がれるなんてあり得ないことだ。けれど、爪は確かになくなっている。


「爪……?」

「そーいうことっ。よくできまーしたー」


 リトナは屈託のない笑みを浮かべている。

 けれどもなぜだろう、明るい気持ちにはなれない。いや、それどころか、不気味さを強く感じてしまう。薄暗い道の向こうから獣の光る瞳が覗いているような雰囲気に、恐怖を抱きそうになる。


「爪がなくなるマジック?」

「えー! やだ、面白ーい!」


 こうなるだろうと予想はしていた。が、いざ本当にこのような反応をされると、どうしても複雑な心境にならざるを得ない。真面目に話そうとしているのに笑いにされるというのは、あまり心地よいことではないのだ。


「マジックというわけではないみたいね。だとしたら……?」

「こういうことっ」


 刹那、私はファンデンベルクに突き飛ばされる。


 転倒しかけ床に近づいていく間、光景がスローモーションのように見えた気がした。そして、リトナの右の手のひらに銃口のようなものがついているのを見る。


 ……リトナは機械仕掛けの王女?


 そんなことを考えたまま、体は床へと落ちた。さりげなく腰を打つ。痛みが走るが、今はそれどころではない。


 リトナの手のひらから放たれた銃弾は、偶然か否は不明だが、ファンデンベルクが持っていたナイフの刃の部分に当たった。ナイフは彼の手からすり抜け、勢いよく宙を飛んでいく。そして、私の一二メートルほど後方に落下した。幸い誰もいない場所だったので、被害はなかった。


「遅いおそーい。うふふっ。もたもたしてたらー、ぜーいん死んじゃっても文句言えな——っ!?」


 余裕のある笑みを浮かべているリトナだったが、後方からカンパニュラに拘束される。左腕を締められ、リトナはすぐには動けないような状況に陥る。


「うそ! まだ動けるの!?」

「大人しくしろ」

「は!? おっさん風情がリトナに意見しなーいで!」


 自由を奪われていても、リトナは相変わらずの性格だった。気が強く、時折嫌みを混ぜてくる。そんな性格に変化はない。

 性格の根本的なところは何歳になっても変わらない、という話も、あながち間違いではないのかもしれない。


 カンパニュラは何も言い返さないまま片腕をリトナの首に回す。いつでも締められる、とでも言いたげな位置で、手を止めた。これにはリトナもさすがに危機感を覚えたらしい、顔から余裕の笑みが消え去った。


「お怪我はありませんね」

「ありがとう、ファンデンベルク」


 取り敢えずはカンパニュラがリトナを抑えている。が、リトナがどんな手を使ってくるか分からない以上、油断はできない。突如逆転のための一手を打ってきたとしてもおかしくはないのだから。


 ただ、現時点ではこちら側が有利であることに変わりはない。


 こちら側には優秀なカンパニュラがいる。一応ファンデンベルクもいるし、見張りの者たちも数名室内にいる。それに、ここはキャロレシアだ。


「やはり……厄介な者でしたね。避難しましょう、王女」


 ファンデンベルクが先ほど飛ばされたナイフを拾いつつ声をかけてきた。


「避難? 私に逃げろというの?」

「ここにいても足を引っ張るだけです」

「そうかもしれない……でも……!」

「逃げも、時には賢い選択だと思いますが」


 ファンデンベルクの目に圧をかけられ、私は何も反論できなくなってしまった。


「そ……そうね。分かった。そうしましょう」

「ご理解に感謝します」


 どのみちカンパニュラたちの力になることはできない。私には戦闘能力がないから。私がずっとその場にいても、多分、足を引っ張るだけ。それならば、危険な場所に居座るべきではない。私に唯一できる協力は、弱点となる存在を作らないことだけ。


 ひとまず部屋から出ることにした。

 ファンデンベルクと共に扉の方へと走る。


「……っ!」


 退室するべく駆けている最中、ファンデンベルクが詰まるような息を吐き出すのが耳に入った。何事か、と問おうとするけれど、彼はこちらを見ない。その様子を目にして、今は尋ねるべきではない、と判断した。今はただ、退室するべく足を動かすのみ。


 それから数秒、私とファンデンベルクは部屋から出ることができた。


 幸い、敵はリトナだけだったみたいだ。潜んでいる、ということはなかったようである。今のところ誰も追ってきてはいない。


 だが、少しして、ファンデンベルクの異変に気づく。


 彼は左腕の肘と手首の間辺りが気になっているようだ。袖に包まれた腕を見つめ、もう一方の手で触ろうとしている。表情は固い。


「ファンデンベルク? どうしたの?」

「……う、で」


 ファンデンベルクの声は若干掠れていた。あらゆるところに力が入りきらないようだ。


「腕? もしかして、腕に怪我を?」

「恐らく……リトナの手のひらの銃……かと」

「当たった?」


 顔を彼の腕へ近づける。すると、袖の一部が裂かれたようになっているのが見てとれた。また、中の白いワイシャツの袖が赤黒く色づいている。


「血が出てる! これは手当てしなくちゃならない案件!」


 噴き出しているわけではないから死にはしないだろうが、一応何らかの処置は施しておいた方が良いだろう。


「まずは部屋に戻られますか」

「……話聞いてた? 私は手当てをしなくちゃと言ったのよ」


 ファンデンベルクが述べる言葉は私が考えていることとはずれていた。そのことに対しておかしな気分になった私は、つい真剣な顔をしてしまう。声も自然と少し低くなる。


「はい。聞いています」

「だったらどうしてそうなるの。話がおかしいじゃない」


 先ほどまでリトナと対面していた部屋からは、今のところ誰も出てきていない。出入りの動きもない。内部の詳細な状況は不明だが、大きな進展はまだないみたいだ。

 ただし、気を緩めてはならない。

 ファンデンベルクの負傷にどう対処するべきか、考えて行動する——それが、今の私がしなくてはならないことだ。


「今は避難を優先するべきです」

「そうじゃないでしょう!? 私の部屋にそんな立派な救急箱はないわよ!?」

「しかし……」

「医務室へ行くの! いいわね?」

「厳しいですね……」

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