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episode.36 嫌みと可憐

 いきなり「ふざけてるの?」は予想外だった。予想外過ぎて思わず顔面が引きつってしまう。出会うなりこんな展開になるなんて。


「いえ。ふざけてはいません」

「ふーん」


 リトナは妙に上から目線。隙あらば嫌みの一つでも言ってやろう、と考えているかのような表情で、会話を徐々に進めていく。外見は文句なしに可愛らしいのに、なぜか油断できない気になってくるような空気をまとっている。


「貴女とお話がしたいと思ったのです。それで、場を設けることに決めました」


 もはや飾ることなどできない。本当のことを言う、それしかない。


「お茶をくれると聞いたけど……本気?」

「はい。そのつもりでいます。では、正面に失礼しますね」

「どーぞ」


 私はリトナの向かいの席に腰を下ろした。ソファの座面の柔らかな感触も、今はまったく癒やしにならない。むしろ、弾力のある面に座る際の動きを見て馬鹿にされないかが不安になってくるぐらいだ。ソファの安らぎ効果など、今はまったくもって無しである。


 カンパニュラとファンデンベルクを左右に置いたまま、私はワンピース姿のリトナと向き合う。


 そのタイミングで、室内にリーツェルが入ってきた。ティーカップを二つとポットを一つ乗せた丸いお盆を、両手で持っている。また、歩き方もとても慎重。歩き方だけ見ても、いつものリーツェルのそれとは大きく違っている。失敗しないよう緊張感を持って取り組んでいる、ということなのだろう。


「あら! 良い香り!」


 リトナが少し嬉しそうな顔をしたのは、彼女の前に置かれたティーカップに液体が注ぎ込まれた時だった。


「それ、何ていうお茶?」


 ティーカップを覗き込みつつリトナは尋ねる。


「キャロレシアブレンドですわ」

「へー。リトナ好きかもー」


 リーツェルは屈託のない笑顔で答えた。するとリトナは機嫌が良くなったようだった。リーツェルの鋭さは女性に対しては発されないものだから、リーツェルとリトナの相性はそんなに悪くないのかもしれない。


 お茶の準備を終えたリーツェルは、お盆だけを抱えて一礼し、退室していく。



 彼女の振る舞いは完璧と言っても過言ではないようなものだった……ように思う。


 リーツェルが去るや否や、リトナはティーカップへとその華奢な手を伸ばした。手全体はもちろんのこと、指一本一本のみならず、爪の一つまで整えられている。特に右手の爪などは、うっすらと桜色に塗られていて、可憐という単語がしっくりくる見た目になっていた。爪の表面にはしっかりと艶がある。


「これ! 美味しいかも!」


 ティーカップの中のお茶を口に含んだ数秒後、リトナは喜びの声を発した。


「キャロレシアじゃよくあるお茶?」

「え……えぇ、そうです」


 唐突に話を振られたものだから、言葉を返すまでに間が生まれてしまった。が、そこに対して突っ込みを入れられることはなかった。それはある意味幸運だったといえるかもしれない。際どいところに突っ込みを入れられ続けたら、さすがに心が折れてしまう。


「で、リトナに話があーるのー?」


 リトナは笑顔で尋ねてきた。


 愛らしくて可憐なはずなのに……なぜか怖さを感じてしまう。


「ロクマティスの王女様とお聞きしています」

「そうだけど? そんなことのためにリトナを呼んだの?」

「いえ。せっかくですから色々お話しできれば、と」

「ふーん。それで? どんな話する? 先に言っとくけどー。退屈にさせたら怒るからー」


 お茶を一口飲んでティーカップをテーブルに戻すや否や、リトナは両足をぱたぱたさせ始める。


「は、はい。気をつけますね……」


 リトナを退屈にさせたらまずそうだ。彼女が飽きるような話を振ってしまったら、どうなるか分からない。さすがに襲われたりはしないだろうが、怒られる可能性は低くない。それゆえ、話題選びは慎重に進めなくてはならない。


 とはいえ、このままでは話題選びが難し過ぎる。なんせリトナという人間を知らないのだ、相応しい話題を上手く選ぶことなんてできっこない。彼女が機嫌を損ねないような話題を選ぶためには、もう少し情報が必要だ。


「リトナ王女はお茶がお好きなのですね」

「それが何?」

「いえ。とても美味しそうに飲まれていましたので」

「何それ、嫌み?」

「え、そ、そんな……。嫌みを言ったつもりなんて……」


 刹那、リトナはケラケラと笑い出した。

 その笑いは純粋な意味だけの笑いではなように感じられるものだった。簡単に言うなら、それこそ嫌みのような笑い。こちらを馬鹿にしているようは笑い方である。


「ごめんなさーい? セルヴィアさんが面白くって、ついー」


 リトナは手で口もとを隠すようにしながらもまだ笑っていた。

 容姿は可愛い。服装も可愛い。声も可愛らしい。それなのに性格はまったくもって可愛くない。


「それにしても、男をお二人も連れていらっしゃるのねー」

「え?」

「もしかして男好き? ふふっ、面白ーい」


 一体何が面白いのか。こちらはちっとも面白くない。こんなことを言われ続けていたら、不快感ばかりが高まっていってしまう。もっとも、リトナは主に他者の苛立ちを楽しんでいるのかもしれないけれど。


「いえ。実は、反対されていたんです。リトナ王女にお会いすることを」


 これにはリトナも驚いたような顔をする。

 長い睫毛に包まれた目が大きく開かれていた。


「敵国の王女に会うなんてリスクが高い。そう反対されていました。でも、私はどうしても貴女に会ってみたくて。それで、無理を言って、何とかこのような場を設けることができたのです」

「ふーん。意外とワガママなのねー」

「王女同士分かり合えたら、なんて……それはさすがに、都合良すぎですけど……」

「面白い人。ま、合格点ってところねー」


 なぜそんなに上から目線なのか。合格点とは何なのか。突っ込みどころは山ほどある。どこから突っ込めば良いか分からないくらい、突っ込みどころは多い。


「お話ししましょ!」

「え、良いのですか。ありがとうございます」

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