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episode.35 ふざけてるの?

 リーツェルは案外器用だ。私の長い髪を綺麗に編むことができる。髪を編むのは自力でもできないことはなかったが、時間がかかるし肩は凝るしでそこそこ大変だったので、リーツェルがしてくれるようになってとても助かっている。


「何だかわたくしまで緊張してきましたわ……!」


 片手で持った私の髪を櫛を使ってほぐしつつ、リーツェルはそんなことを言う。


「ファンデンベルクとカンパニュラさんが同行してくれるわ」


 長い話し合いの結果、結局そういう形に決定したのだ。

 ちなみに、リーツェルも一応共に来ることは来る。ただし、彼女は私の付き添いではなく、お茶を出す係としての参加である。

 そんなリーツェルだが、リトナと会うことに関して非常に心配しているようだ。


「その……本当に大丈夫なんですの……?」


 私が城内にて耳にした噂によれば、リトナ王女というのは非常に可愛らしい人らしい。もっとも、所詮噂なので、それがどこまで本当なのかは分からないけれど。


「平気よ。でも心配してくれてありがとう」

「セルヴィア様は案外お強いですわね……。わたくしったら、緊張しっぱなしですわ」


 手先の器用さはいつもと何ら変わりないのに、声からは少しばかり強張りを感じる。


「お茶淹れ大丈夫そう? もし無理そうなら、他の方に頼んでも……」

「い、いえ! それはきちんとやり遂げますわ!」

「無理することはないのよ?」

「平気ですわ! そのくらいであれば!」


 リーツェルはわざとらしい明るい声を作って発する。けれども、普段の自然な声を知っている者からすれば、それが作られたものでしかないことくらい容易く分かる。無理しているのだな、と、本能的に感じ取らずにはいられない。


 そんな思いをさせてまで、私の意見を通すべきだったのだろうか。今になって、そんなことが胸の内をよぎる。周囲を巻き込んでまで望みを叶えることに意味があったのか、そう問われれば、すぐには頷けないかもしれない。


 もっとも、既に決まったことだから、今さら迷っても意味なんてないのかもしれないけれど。


 でも、どうしても考えてしまう。

 押し通すべきではなかったかもしれない、と。


 これで何かが起きたら。私はともかく、周囲の人たちに被害が出たら。もしそんなことになったら、私が責任を取らねばならない。


 もちろん、責任逃れする気はない。

 ただ、取り返しのつかないことになった際を想像すると、怖さはある。


「セルヴィア様! 髪、できましたわよ!」

「ありがとう……」

「どうなさいましたの? 何だか元気がないように見えますわ」

「いいえ。何でもないの」


 リーツェルが編んでくれた髪は完璧な形になっていた。

 いちゃもんのつけようもないくらい素晴らしい仕上がり。


「気をつけつつ、頑張りましょ?」

「ですわね!」


 何にせよ、引き返すことはできない。

 結局私にできるのは今を懸命に生きることだけだ。



 カンパニュラとファンデンベルクに付き添われつつ、私はリトナと顔を合わせる予定の部屋へ向かう。


 その最中、言葉にならないような息苦しさを感じた。物理的な息苦しさというよりかは、精神的な意味での息苦しさだ。居づらいような、狭さを感じるような、そんな感覚。


 リーツェルがいてくれれば、もう少しは過ごしやすかっただろうに。


 でも、心強さという意味でなら、カンパニュラがいてくれるのは大きい。彼がいることによって感じる息苦しさが強まることは確かだけれど、その損より、彼がいてくれる心強さという得の方が大きいのだ。それなら、彼に傍にいてもらうことを選ぶ。敵国の王女と会うという状況下であれば、特に。


「王女、常に警戒を怠らないようになさって下さい」


 ファンデンベルクは相変わらず警戒心を剥き出しにしている。

 いや、そもそも、警戒心を隠す気がないようだ。


「えぇ。リトナ王女も一応敵国の人間だもの、気をつけるわ」


 私とて、まったく警戒していないわけではない。リトナ王女は実験台になった経験すらある人物だというから、普通の王女と捉えるのは危険だろう。こちらが有利な立ち位置とはいえ、いつ何を仕掛けてくるかは不明。常に万が一を想定して接する必要があることは事実だ。


「やれやれ。相変わらず過保護だな」


 唐突に話に入ってきたのはカンパニュラ。

 内容に興味がないから聞いていないのかと思っていたが、実はしっかり聞いていたようだ。


「この程度、当然のことです。従者としては」


 右側がファンデンベルク、左側がカンパニュラ。私を挟んで火花を散らすのは止めてほしい。


「なぜそう不愉快そうな顔をする」

「いえ。べつに何でもありません」

「明らかに何でもない人間の表情ではないが?」

「気のせいではないでしょうか」


 まだ何も始まっていないというのに、険悪という言葉が似合う空気。最初からこの状態では、これからどうなっていってしまうのか、先が不安でしかない。


 ただ、それでも進むしかないことは事実。


 内心溜め息をつきつつ、私は廊下を歩く。



 私たち三人が扉の前に到着すると、付近にいた一人の侍女が静かに扉を開けてくれた。


 中にある紺色のソファには既に人が座っている。愛らしい容姿の少女。ブルーグレーの長い髪は豪快に巻かれていて、横顔も整っていて、まるで人形のよう。


 ただ、彼女は自由の身ではなかった。

 左右に立っている男性たちに常に監視されている。


「お邪魔しますね」


 彼女がリトナ王女なのだろうか。

 そんなことを考えていた時、ソファに座っている少女の顔がこちらへ向いた。


「貴女がセルヴィアという方?」


 横顔も大概整っていたが、正面から見ても整っている。美人というよりかは美少女。高級な花のような品があり、また、初々しく可憐な雰囲気でもある。


「はい。セルヴィアと申します」

「ふーん」


 リトナは真顔のまま。

 けれど、それでも可憐さが消え去ることはない。


「初めまして。貴女がリトナ王女ですね」

「そうだけど……これはどーいうつもり?」


 リトナはなぜか怒っているようだ。言い方にきつさがある。


「ふざけてるの?」

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