episode.32 変化
ロクマティスの手の者が国境付近にまで迫っているという話が拡散してから、城内にも心なしか緊張感が漂い始めた。
思い返せば、これまでだって事件は何度も起きていた。
城内に不審者が入る、キャロレシアの人間にロクマティスの人間と思われる者が接近する、など。
それでもそれほど緊迫した状況にならなかったのは、キャロレシアの人々は心なしか平和ボケしているところがあるからかもしれない。
もちろん、私も、その平和ボケしている人の中に含まれている。
この国は、穏やかではあるものの、長らく平和そのものであったというわけではない。国に秘められた、願いを叶えると語られている鉱物。それのせいもあって、多々戦争に巻き込まれてしまっていた。
それでも、暮らしている人々は、比較的穏やかに生きていたようにも思う。
そんな風にあり続けられたのは、国を護る意識を強く持った王がいたからだろう。人々が「彼ならこの国を護ってくれるだろう」と信じられたからこそ、醜くなりきらずに済んだのだと思う。
でも、今回はその『国を護ってくれる王』が存在しない中での、戦いへ行きそうな雰囲気。皆、これまでと同じような穏やかさを保つことはできないかもしれない。
私にできることは何かないのだろうか。
ひたすら未熟な私だが、それでも、一応王位についている者だ。この国のため、この国の人々のため、できることがあるならしたい。そんな大層なことを言えるような人間ではないけれど、それでも、想いは確かなものだ。
「ねぇセルヴィア様。この国はこれからどうなってしまうんですの……?」
ある夕暮れ時、リーツェルが唐突に尋ねてきた。
ここのところ彼女は少し元気がないように見える。風邪のような症状があるわけではないし、用事は問題なくこなしてくれているのだが、声や表情が心なしか弱々しいのだ。
その理由が今まではあまり掴めなかったけれど、ようやく察することができた。
戦いの幕開けうんぬんのことが弱っている原因なのだろう。
「実は私もよく分かっていないのよね」
「……そう、ですわよね……。セルヴィア様に聞くべきではなかったですわ……」
もしかしてガッカリされた?
気を遣って言ったセリフ?
リーツェルの発言の真意は不明。
ただ、だからといってわざわざ質問するというのも、あまり良いことではないだろう。
「参考にならなくてごめんなさいね」
「あっ……いえ。変な意味ではありませんわ……!」
妙に気を遣わせることとなってしまった。
悪気はなかったのだが、不快感を露わにしているような言い方になってしまっていたのだろうか——なんて、少しばかり不安になったりする。
「そういえば! 昼間、一つ聞いたことはあるわよ」
「……重要な情報ですの?」
「国境にやって来たのは少数の隊で、本格的に戦闘を行うための隊ではなかったみたいよ」
「そうでしたの……」
駄目だった。得た情報を渡しても、明るくはなってもらえなかった。話はそう簡単ではなかったみたいだ。少しくらいは空気を変えられるかと思ったのだけれど。
その時、軋むような音を響かせつつ、王の間への入り口の扉が開いた。
私もリーツェルもほぼ同時に扉の方へと視線を向ける。
だが、何も特別なことではなかった。入ってきたのは、いつも通り黒いスーツを着ているファンデンベルク。呆れそうになるほど見慣れた顔だった。
「アンタでしたのね……」
リーツェルは露骨に疲れたような顔をした。さらに、わざとらしく溜め息まで漏らしている。リーツェルのファンデンベルクへの態度の悪さには頂点がない。
「……何か問題でも?」
ファンデンベルクは静かに問う。
するとリーツェルは嫌みな雰囲気を交えつつ返す。
「あーあ。アンタでがっかりですわー」
落ち着け、リーツェル。
それはさすがに嫌み過ぎる。
そんな風に言いたい気分だが、リーツェルとファンデンベルクの問題ゆえ、あまり派手に口出しはできない。
「それより王女、お話が」
ファンデンベルクはリーツェルに構い続けることなく、こちらへ視線を向けてくる。
「え。私に話?」
「先日国境付近に近づいてきていた少数の隊の長が判明したようです」
その間もリーツェルはファンデンベルクに絡みたそうだった。いや、実際、絡もうとしていっていた。リーツェルはずっと「いつまでも王女呼びは失礼ですわよ!」「聞いてますの!?」などと言い放っている。ただ、ファンデンベルクはリーツェルに対応することはせず、淡々と話を進めていく。
「先日話に出ていたリトナという第二王女をお覚えですか」
「え、えぇ。あの実験台うんぬんという……」
「そうです。その彼女が、少数の隊の長であったようです」
「王女が……?」
先日第三王女らしき人物が仕掛けてきた件もあったから、ロクマティスにおいては『王女が戦うこと』も決して珍しいことではないのだろう。だが、そのような文化のないキャロレシアで暮らしてきた私としては、その文化をすんなりとは理解できない。王子ならともかく、王女まで危険なところへ出すなんて。
「で、拘束されたようです」
「え!?」
話が唐突すぎてついていけない。
「それは、その……リトナっていう王女様が、キャロレシアの手に……?」
「はい」
「城に来ているの!?」
「いえ。現在はまだ国境付近に置かれているようです」
「そ、そう……」
まだ国境付近にいるなら、会いに行くということはできそうにない。
少し話をしてみたいと考えていただけに、残念。
「ただ、いずれはこちらへ移送されるようでしたよ」
「本当に!」
一旦は残念一色に染まりきってしまっていた胸の内に、光が戻ってくる。
もし、そのリトナという王女が近くへ来るのなら、顔を合わせることも可能かもしれない。相手がどんな人か分からないから何とも言えないけれど、でも、もしかしたら彼女と話すことで何かが変わるかもしれない——そう考えると、希望が生まれてくる。
「会えるかもしれないわね!」
私がそう言った瞬間、ファンデンベルクの目つきが冷ややかになる。
「それは無理なことです」
「え……。どうしてそんなきっぱり……」
「貴方は王なのです。リスクのある行動をさせるわけにはいかないのです」
「でも……」
「危険な行動は控えて下さい」
まるで厳しい母親がいるかのようだ。




