episode.30 王の子
「ロクマティス王の子は、現在確認されている者だけではありますが、三人だそうです。王子は一人で名はエフェクト。王女は二人で、上からプレシラとリトナ」
王の間内にある王の座に着席していた私にいきなりそんなことを言ってきたのは、ファンデンベルクだった。
今日はよく晴れている。快晴と言って問題ない天気だろう。穏やかな日差しが降り注ぐこんな日は、庭に出て散歩でもしたい気分になる。もっとも、いろんな意味でそんな呑気なことをしているわけにはいかないのだが。
「唐突ね、ファンデンベルク」
「ロクマティスに関する資料を集めて読んでいました」
「そうだったの……!」
「はい。少し時間がありましたので」
王が戦場に立つのであれば、王の従者も忙しくて仕方がないだろう。けれど、今はそうではない。私は主に室内での仕事をこなしているので、従者にもある程度時間の余裕はあるのだ。
しかし、ファンデンベルクがちゃっかり余裕を有効活用しているとは思っていなかった。
「かつてロクマティスでは、最強の人間を作り出そうという大規模な実験が行われたことがあったそうです。第二王女のリトナは、実験台の一人だったらしく。その影響で、肉体の成長が著しく遅れているそうです」
今日のファンデンベルクはよく喋る。
しかも、その話題はロクマティスに関連することばかり。
「実験? 国をあげて?」
「そのようです」
「私って、本当に何も知らないのね……」
自国のことさえ完璧に把握できていないのだから、隣国のことを理解していないのもある意味では当然と言えるかもしれない。
けれど、これからはそんな状態でいては駄目だ。
王女であれば少々知識が不足していても生きていけないことはない。もちろん幅広く知っておくに越したことはないだろうけど。でも、その手で国を引っ張ってゆくわけではないから、多少は気楽に過ごしてゆける。
でも、私はもう、王女ではない。
一国の頂点に立つ者となったのだ。もう何も知らぬ箱入り娘ではいられない。まずは、様々な知識を仕入れておかねばならない。
「ファンデンベルクは偉いのね。自分で色々調べて」
「いえ。いつもこうではありません。ただ……今回は、少し気になることがありまして」
今回は、という言い方が、妙に引っかかる。
「気になることって?」
工夫して探るほどのことでもないだろう、と考え、直球で聞いてみることにした。
「リーダという女性のことです」
「あの人の何が気になるの?」
「髪色です。彼女の髪の色は、ロクマティス王族に伝わる髪の色と同じもの。何かしら繋がりがあったのではないかと思いまして」
もう命を落とした人のことを気にするなんて、ちょっと意外。
ただ、リーダの髪色の謎には、私も少しだけ興味がある。
特別調べようとはしてこなかったけれど、彼女の髪色には何かしらあるような気がしていた。
「で、調べてみましたが。ロクマティスにはどうやら、かつて表舞台から葬り去られた王女が一人いたようです」
「……それがリーダさん?」
既にこの世から去った者のことを探るなんて、初めての経験だ。いや、そもそも、他人のことを探るということ自体がこれまであまりなかった経験とも言える。
「恐らくは」
室内に何とも言えないような空気が立ち込めていた。
だがこれは、リーダを話をしているからという理由だけによるものではない。ファンデンベルクと二人きりゆえ、こんな空気になってしまっているのだ。
ちなみに、リーツェルは今は掛け布団を洗い場へ運んでいってくれている。
「それで、なぜ表舞台から葬り去られたの?」
「王が遊びで可愛がっていた女性との間の子だそうですよ」
「……最低ね」
確か、この前侵入してきた三女も、正式な王妃との間の子ではなかったはず。
ロクマティス王には、一体どれだけ女がいるのか。
高い位を持つ者に寄ってくる人間が多いのは理解できる。偉ければ周囲からはちやほやされるだろうし、中にはあわよくばを狙って接近してくる者もいるだろう。私とて、そのくらいは理解しているつもりだ。
けれど、ロクマティス王は、さすがに考えなさすぎ。
相手の女はまだ良いかもしれないが、生まれた子が不幸になることは分かりきっているではないか。それを気にもかけず好き放題するというのはどうなのか。
「王女?」
いつの間にか思考に集中してしまっていた私は、ファンデンベルクの声で現実に戻ってくる。
「物凄く不快そうな顔をなさっていましたが、何か問題でも?」
「あ……ごめんなさい。何でもないの」
好き放題しすぎているロクマティス王に苛立っていた、それが答え。でも、その答えを述べることはしないでおいた。今は言わなくて良いと判断したから。
「それより、この前リーツェルが買ってきてくれたケーキ、美味しかったわね」
「……なぜそのような話題を?」
「深い意味なんてないの。ただ、今、ふと思い出して」
ごまかす時こそ、ごまかしていないように振る舞わなくてはならない。
極力自然に。違和感がないように。
「ファンデンベルクも食べたでしょう?」
そして、相手に考える時間を与えないこと。
それも重要。
「はい。一ついただきました」
「あ、もしかして、甘いのは苦手だったかしら?」
「いえ、そういうことでは……」
刹那、王の間の扉が勢いよく開いた。
駆け込んできたのはリーツェル。
「セルヴィア様! ご存知ッ!?」
リーツェルは何やら慌てているようだった。事件か何かがあったのかもしれない、そう思わせるような顔つきをしている。
「何かあったの?」
「国境付近にまでやって来ているそうですわ!」
「……ロクマティスの人?」
「えぇそうですの! 騒ぎになってますわよ!」
いつかそんな時が来てしまってもおかしくはないとは思っていた。
考えたくなかったけれど。
でも、思えば、これまで平和だったのが不自然だったのだ。ロクマティスはずっと、戦う気であることを告げたにもかかわらず動かなかった。これまでの状態がおかしかったのであって、攻めてきたことがおかしいわけではない。




