episode.28 夕食とキノコと
夕食が部屋に運び込まれてくる。
その係をしている者たちは皆、腕も足も出さない服を着ている。手には手袋をはめてもいた。衛生的だからという理由もあるのだろうが、私の手の力によって悲劇に巻き込まれないためというのも一つの理由なのだろう。無論、それを口にする者はいないが。
けれども、夕食の時間は憂鬱ではない。
一人で食べるわけではないから、だ。
以前は一人で食べることもよくあって、美味しいものを口にすることの楽しみがあるかないかくらいのものだった。けれど、今はもう一人ぼっちではない。だから、孤独の中で食事をせねばならないということはない。
「リーツェル。ファンデンベルク。今日も一緒に食べましょう?」
王の間で物を口にするということにはまだ慣れていない。
でも、そんなことは、小さな違和感でしかないのだ。
「はいですわ!」
「……良いのでしょうか」
運び込まれてきた料理の数々が輝いて見える。
城の庭で作られた野菜のサラダ、よく出される甘めのコーンポタージュ、茶色いがふっくらしたパン。
「ファンデンベルク! 椅子を用意して、ですわ!」
「はい」
料理は頼んで三人分運び込んでもらった。それゆえ、三人で食べるというのは不可能な話ではない。ただ、椅子の準備までは頼んでいなかったので、それは自力で行わなくてはならない。
「遅いですわよ!」
「はぁ……。運ぶのは一つずつです」
「その溜め息は何ですのっ!?」
リーツェルは相変わらずファンデンベルクに厳しい。
「あの、もし良かったら、私も手伝うわ」
「それは駄目ですわ。セルヴィア様」
「そ、そう……。でも、ファンデンベルク、大変じゃない?」
「気にしなくていいんですのよ! あれでも男ですもの!」
確かに、ファンデンベルクは体力がある方だった。
あの坂道でそれを実感したことを覚えている。
それから数分、椅子の移動が完了した。
私とリーツェルとファンデンベルク。三人で食事をとる体勢になる。
「このサラダ! 美味しそうですわね!」
いざ食べ始める時、リーツェルは一番にサラダに注目していた。
正直意外だった。
ヘルシーであるという意味では女性に人気が高い野菜だが、それでも、女性であれば野菜が好きという絶対的な理があるわけではない。女性にだって野菜嫌いはいるし、若ければなおさら野菜が苦手という者も多いはずだ。
「リーツェルは野菜が好きなの?」
「えっ? 何か変でしたの?」
「いいえ。ただ、少し意外だったの。リーツェルが野菜好きだなんて」
リーツェルは甘いもの好きだと思っていた。
「この野菜は美味ですわ!」
気に入ったものが並んでいてすっかりご機嫌なリーツェルは、大皿に盛り付けられているサラダを自分の皿にたくさん移動させる。周囲への遠慮なんてものは存在しない。だが、私としてはそれでもいい。どのみち野菜は少ししか食べないから。リーツェルの取り方に腹を立てるどころか、食べてくれる人がいてありがたいというくらいの気分である。
一方、ファンデンベルクはというと、パンを手に取ってちまちまと食べている。
明るくも色々使い分ける器用さを持つリーツェルと、常に冷静さを保ち続けているファンデンベルク。それぞれまったく違った性格を持つ二人は、食べ方にも大きな違いがある。
そんなところを興味深く思いつつ、私も料理を口へと運んでゆく。
初めから一人用になっていて背の低いマグカップのような器に入っているコーンポタージュを、すくう部分が楕円でないスプーンで口に含む。口腔内に広がるのは、ふんわりとした綿のような甘み。頬を撫でる母の手のような優しい味わい。
「セルヴィア様、コーンポタージュがお好きなんですのね!」
「え」
「物凄く美味しそうにお食べになってましたわ」
「そ、そう……」
美味しいと思ったのは確かだが、それを顔に出した自覚はなかった。
「いつも申し訳ありません」
「どうしたの? ファンデンベルク。そんなかしこまって」
「ふと思いましたので」
「そうだったのね」
ファンデンベルクは少し不思議な人だな、なんて思う瞬間もあったりする。
でも、彼らとすごす時間は、私にとってとてつもなく尊いものだ。彼らと共に穏やかに過ごせる時間、それは、これまで私が持っていなかったもの。だからこそ、それが今こうして存在していることに感謝したい。今を生きられることを、何より大切にしたい。
「ちょっと! どうしてパンをそんなに食べてるんですの!?」
リーツェルが急に騒ぎ出した。
さすがにもう慣れたけれど。
「……問題でも?」
ファンデンベルクは最初からずっとパンをかじり続けている。そして、それは今も続いている。一応ポタージュを飲んでいる時もあるけれど、それも稀だ。
「偏った食事は不健康のもとですわよ! ファンデンベルク!」
「野菜ばかりも問題かと」
「むーっ! うるさいですわ! 黙ってろですわ!」
しばらくすると、メイン料理が運ばれてくる。
今日のメインは鶏肉を焼いたもの。
皮がカラッと焼けていて、見た目はせんべいに似ている。ところどころ黒っぽいものが付着しているけれど、それもまた美味しそうな雰囲気を高めている。黒い部分があっても不快感はない。
ひと塊の鶏肉の傍らには、薄い橙色のタレがかかった焼きキノコ。
「良かったですわね! ファンデンベルク! だーい好きなキノコですわよっ」
「それは嫌みですか」
「えぇー? どーいう意味ですのぉー?」
なるほど。ファンデンベルクはキノコが好きでないのか。
「セルヴィア様はキノコはお好きですの?」
「えぇ。好きよ」
心なしかぷりぷりしたような食感が好みだ。
味の独特さも嫌いでない。
「わたくしもですの! 同じですわねっ」
「そうね。ファンデンベルクはキノコが嫌いなのね?」
「詳しいですのね!」
「さっきの会話を聞いていたから察することができたの」




