episode.27 国の酷な姿
そう易々とはばれないだろうと思っていたのに、すぐにばれてしまった。私はそんなに分かりやすい人間だったのか、という思いが胸の内に広がって、何とも言えない気分になる。
だが、気にしないでおくことにした。
リーツェルのことを思い心配していることは悪いことではないのだから、それを読まれたからといってどうということはないはず。
「彼女は騒がしく色々と迷惑をかけてしまいますが、王女には見放されていないようで安心しています」
そう言って、ファンデンベルクは僅かに笑みを浮かべた。
彼とリーツェルの関係の深さは知らない。ただ、共にフライに仕えていたのだから、薄い関係ということはないはずだ。だからこそ、ファンデンベルクもリーツェルのことを気にかけているのだろう。
リーツェルは時折ファンデンベルクに強く当たるけれど、あれも多分、親しさがあるからこその振る舞いなのだと思う。
ある意味、相性ぴったりな二人?
「私には優しいわよ」
「それもそうですね」
「フライにも懐いていた?」
リーツェルがいる時にリーツェルの情報を入手するのは難しい。確実に本人が話に入ってくるだろうから。彼女に関する話を聞くなら、今のような時がもってこいだ。
「はい。僕への態度と大きく違っていて、戸惑ったほどです」
「相手によって接する態度を変えるというのはリーツェルらしいわね」
私には優しいが、ファンデンベルクには躊躇がないし、カンパニュラにはいつも怒っている。そんな彼女であれば、フライに対する接し方とファンデンベルクに対する接し方が大きく違っていても、何ら不思議ではない。
「差し支えなければ、改めてフライと貴方たちのことについて聞かせてくれない?」
インク瓶にペン先を入れ込みつつ言ってみる。
深い意味はないが、過去のことについて聞いてみたい気がしたのだ。
「僕とリーツェルと王子のこと、ということでしょうか」
「そういうことよ」
「承知しました。では……しかし、どこから話せば良いものでしょう……?」
始まる前から不安しかない。
ただ、それでも、フライと二人に関する話は何とか始まった。
フライに先に出会ったのはリーツェル。彼女がまだ十と少しであった頃、フライが出掛けていった先にて知り合ったのだという。数人いた娘の中でフライはリーツェルを気に入った。そして、フライはリーツェルを従者とすることにしたのだそうだ。
「僕が王子と出会ったのは、それより後のことです」
マルスベルクで細々と暮らしていたファンデンベルクがフライの姿を初めて目にしたのは、キャロレシアとマルスベルクの間でいさかいがあった頃だと、彼は話す。
もっとも、私はそのいさかいのことなんて知らなかったけれど。
北の村マルスベルクの民は、キャロレシア人とは根っこから異なる民だそうだ。それゆえ、キャロレシアにとってマルスベルクの者たちは明らかに異端であった。だからこそ、キャロレシアはマルスベルクを好まなかった。そして、キャロレシアは、武力によって併合しようとしていたのだそうだ。
「そんなことがあったの……」
「はい」
「なんというか……迷惑かけていたのね」
この国には私の知らない顔があるのかもしれない、なんて考えて、何とも言えない気分になる。
私は、キャロレシアはそれなりに良い国なのだろうと、そう思っていた。平和だし、豊かだし。でも、本当はそうではなかったのかもしれない。私が見ていたものは、恐らく、キャロレシアという国の一面でしかなかったのだろう。
「えっと、その……ごめんなさい。よく分かっていなくて、申し訳ないわ」
これはさすがに恥ずかしいとしか言い様がなかった。
無知ほど恥ずかしいものはない。
「いえ。気になさらないで下さい」
「それで、話の続きを聞かせてもらっても?」
「はい」
異端として差別を受けていたマルスベルクの民の多くは、キャロレシアの毒牙にかけられ命を落としたそうだ。しかも、女や子どもは拘束されるだけで済んでいたが、成人している男は多くが殺められたらしい。さらに、最終的には、女子どもまでもが殺戮の対象となってしまって。マルスベルクの民にとって、それは悲劇だった。
ファンデンベルクもまた、その悲劇に巻き込まれることとなったそうだ。
ただ、彼はフライに気に入られたために、命を落とさずに済んだらしい。それが幸だったか不幸だったかは不明だが。
「……殺戮。そんな……そんなことが」
聴けば聞くほど心が暗くなる。
キャロレシアがしたことが、あまりに残酷で。
「ファンデンベルクはこの国を恨んでいるの?」
彼はいつも丁寧で、それなりに柔らかく接してくれていた。そして私はそれを普通のことだと思っていた。フライの従者だったから、と、自然にそう思っていた。
でも、本当は違ったのだ。
ファンデンベルクにとって、キャロレシアは同胞を奪った悪しき国。
「いえ。べつに」
「嘘! そんなことをされて、恨まずにいられるわけがないわ」
「王子は僕に色々なことを教えて下さいました。ですから、彼を恨んではいません」
「……フライのことは恨んでいなくても、国のことは憎いでしょう?」
私はファンデンベルクの青い瞳を見つめる。すると彼も私をじっと見た。視線が見事に重なる。いざ直視し合うことになると、得体の知れない不気味さを感じずにはいられない。が、目を逸らせない。視線を重ねることはどことなく怖いのに、なぜか吸い込まれるような感覚がある。それがまた一種の怖さを生み出している気もする。
その時、突然扉が開いた。
それも物凄い勢いで。
「ただいま戻りましたわーっ!」
駆け込んできたリーツェルの手には、白い紙製の箱。
「戻ったのですね。心配をかけてしまっていましたよ」
「は? うるさいですわ」
「お帰りなさい、リーツェル」
「ただいまですわ! セルヴィア様っ」
ファンデンベルクに声をかけられた時には、リーツェルは心ない接し方をしていた。しかし、その直後に私が声をかけると、明るく可憐に言葉を返してくれる。
温度差が凄まじい……。
「ケーキを買ってきましたのよ!」
「そうだったの」
「今から夕食ですわよね? その後に食べましょう! 一緒に!」
「えぇ。じゃあ部屋の冷蔵庫に入れておくわ」




