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episode.26 夕方

「あの……カンパニュラさん、すみません。こんな空気になってしまって」


 彼は私のことを気にして来てくれた。それなのに、いつの間にやら、彼を責める会みたいになってしまった。そのことがとてつもなく申し訳なくて、胸が痛い。


「気にすることはない。……私にも非はある」

「それと、リーダさんのことも。すみませんでした」


 ファンデンベルクは黙ってカンパニュラに出す用のティーカップを片付け始めている。

 ややこしい話には参加したくない、とでも言いたげな振る舞いだ。


「気にすることはない。皆、いつかは……死ぬ」


 そう述べるカンパニュラはどことなく苦しそうな辛そうな表情をしていた。だが、彼のその感情を察することはなかったリーツェルが、一気に食ってかかる。


「やっぱりそんな考え方ですのね!!」


 至近距離でいきなり大声を出されたものだから、耳がとれて飛んでいくかと思った。


「予想通り! やーっぱり最低の男ですわっ!」

「うるさい。耳が外れる」


 ……それには同感。


 ただ、激しく怒るリーツェルにも問題はあるけれど、カンパニュラの方にも多少の問題はあるような気もしてきた。彼は、本当は優しいのに、その態度や物言いのせいでかなり損している気がする。


「あーもうっ! 腹立ちまくりですわー!」

「落ち着いてリーツェル」

「無理ですわ! これで怒らないなんて、逆におかしいですの!」


 これはもう駄目だ。止まりそうにない。ここまで厄介なことになってしまったら、一旦お開きとする方が早いのかもしれない。今のリーツェルがいては、まともに話を進められるとは思えない。


 そんな風に一人作戦を立てていたら。


「では、私はそろそろ失礼する」


 私の思考を読んでいたかのように、カンパニュラが立ち上がった。

 心の中を覗かれでもしていたかのようで驚きを隠せない。が、私が驚いていることに触れる者はその場にはいなかった。幸運だったと言っても過言ではないかもしれない。


「深く考えすぎないように」

「あ……はい。ありがとうございます」


 なんだかんだでやっぱり良い人じゃない。

 私は内心そんなことを思ったりした。


 その後もリーツェルは怒っていた。躊躇いのない大きな声で、カンパニュラへの怒りの言葉や愚痴を漏らす。周りのことなんてちっとも気にしていない。


 飾らなさは彼女の魅力の一つと言えるのかもしれないけれど、まだ少し慣れない。



 その日の午後、夕方が近づく頃に、私は王の間へと戻った。


 近いうちにサインしなくてはならない書類が運ばれてくる。書類の説明を受ける。国の現状に関する話を聞く。そんなことばかりが続き、途中何度か寝てしまいかけた。が、何とか乗り越える。


「もうじき夕食ですね、王女」


 サイン書きに勤しんでいる最中、ファンデンベルクが唐突に声をかけてきた。


「ファンデンベルク。貴方って、私のことを『王女』と呼ぶのね」

「……失礼でしたでしょうか」

「いえ、いいの。実は私も『王女』の方がしっくりくるのよ」


 書類にサインをすることにも段々慣れてきた。書き込む欄を間違えないように気をつけなくてはならないので、今でも多少緊張感はあるけれど。でも、最初に比べればかなり楽な気持ちでサインできているように感じる。おおよその流れは把握できてきたし、少しずつでも成長できてはいるのだろう。


「しかし、現実にはもう『王女』ではない、と」

「ふふ。そうなのよね」


 言葉を発しながらペンを握る。それにももう随分慣れた。最初の頃は黙々と作業を進めなくては失敗しそうという怖さがあったけれど、今ではもうそんな怖さなど欠片ほども存在しない。むしろ、サインしながら会話するのが当たり前であるかのように感じる。


 また、インクの香りが室内を満たすことにも、もうすっかり慣れっこだ。


「それにしても、ファンデンベルク、最近は積極的に話しかけてくれるようになったのね」

「……不自然でしたでしょうか」

「いえ。べつにそういうわけじゃないわ。ただ嬉しかっただけよ」

「不快でなかったなら安心しました」


 予想したことはなかったけれど、こんな未来も案外悪いものではなかったように思う。

 当然悲しみはある。失うものも少なくはない。ただ、いつか憧れていた『退屈でない日々』に一歩近づけた気がするのは、多少嬉しくもある。


 ……誰もが血に染まるしかないような世界は望んでいないけれど。


「そういえば。リーツェルはどこへ?」


 ふと思い立ち、ファンデンベルクに尋ねる。

 というのも、私が王の間に移ってから、彼女の姿を見かけていないのだ。


「買い出しに行くと申しておりました」

「リーツェルが買い出しに?」

「はい。お菓子でも買って王女のことを励ますため、だそうです」


 それは明かしてはならないことだったんじゃ……?


 でも、気遣いは嬉しい。


「しかし平和ですね」


 ファンデンベルクは黒い鳥を肩に乗せたまま高い天井を見上げる。

 記憶の中の遠いところを見つめているような目をしていた。


「……それはどういうお話?」

「ここは平和だな、と、単にそう思っただけです。それ以外の意味はありません」


 私の人生という面から見ると、あまり穏やかではない。けれど、ファンデンベルクの歩んできた人生と比較すると、この『今』でさえ平和なのだろう。もっとも、退屈ながら平穏の中な世界の中で暮らしてきた私には、完全には理解できていないのだろうが。


「そうね。宣戦布告がどうとかと聞いた時にはびっくりしたけれど」

「はい。そのようなことになっているわりには平和ですね」

「確かに。でも……これからどうなっていくかはまだ分からないわ」


 私が行く道の先なんて、今はまだ分からない。


 今のような平和な生活が続くのか。

 あるいは、激しい運命に巻き込まれていくのか。


「リーツェルはいつ帰ってくるかしら」


 もうじき暗くなるだろう。それまでには帰ってきてほしい。夜まで帰ってこなかったら心配になってしまう。


「唐突ですね」

「ごめんなさい。どうしても気になって」

「じきに帰ってくると思います」

「そうよね……」


 ファンデンベルクは何かに気づいたような顔をする。


「もしかして、リーツェルを心配して下さっているのですか」


 彼が気づいたのは、私の気持ちだったようだ。

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