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episode.25 第三王女

 この手の力によって正気を失い倒れた、蝶の仮面の女性。彼女はロクマティス王の娘であり三女だったのだと、カンパニュラは話す。

 ただ、カンパニュラ自身も、詳しいことを知っているわけではないらしい。直接関わったことがあるというわけでもないそうだ。


「でも……王女様がどうして、あんなことを?」


 なんだかんだで彼も室内に招き入れることとなった。

 さすがに彼の前でベッドに腰掛けているわけにはいかないので、室内にある椅子へと移動した。


「彼女は、王の娘ではあるが王妃の娘ではない。王と王妃でない女との間の子だ」

「正式な王女ではない……ということ?」

「おおよそそんな感じだろう。まぁ、敵国へ侵入する役割にされている時点で大切にされているとは考えづらいしな」


 リーツェルは先ほどから何やらピリピリしている。表情は固く、顔面に『不愉快極まりない』という文字が描かれているかのようだ。少し前ではそんなことはなかったので、恐らくカンパニュラが原因なのだろう。


「せっかくですのでお茶をどうぞ」

「いや、いい」


 ファンデンベルクがカンパニュラに液体の入ったティーカップを渡そうとする。しかしカンパニュラはそれを受け取ることを即座に拒否した。


「……承知しました」


 受け取りを拒否されたファンデンベルクは一瞬きょとんとした顔をしたが、十秒もかからぬうちに言われていることを理解したようだ。


「気を悪くするな。体質上、茶は飲めないだけだ」

「そうでしたか」


 施されることを良しとしない精神で拒否したのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。理由があるのであれば、きっぱり断るのもある程度仕方ないことだろう。


 そんなことを考えていた、刹那。


「ファンデンベルク! そんな男にやるお茶はありませんわよ!」


 リーツェルが突然大きめの声で言い放った。


「……何を言い出すのですか」

「さっさと下げるんですわ、ファンデンベルク」

「それはもちろん、そうするつもりですが……」


 ファンデンベルクの顔面には困惑の色が濃く滲んでいる。


「アンタだって忘れたわけではないでしょう! この男はフライ様を見捨てた!」


 ……見捨てた?


 事情は詳しくは知らないが、リーツェルがカンパニュラに何かしら思っているということは明らかになった。


「リーツェル、落ち着いて下さい」

「落ち着けませんわ!」

「我々は助けていただいたのですから、一応感謝しましょう」


 一応感謝、て。

 感謝していない感マックスではないか。


「感謝なんて! するわけないですわっ!」


 ファンデンベルクの中途半端に宥めるような発言が、リーツェルを余計に怒りの方向へ進ませてしまう。

 怒りをこじらせて暴走してしまうのを止めるということ自体に問題はない。が、ファンデンベルクのやり方では既に暴走しそうな者を止めることはできなかった。


「フライ様を見捨てた人間ですもの! 許せませんわ!」

「……ねぇリーツェル。カンパニュラさんがフライを見捨てたって……どういうことなの?」


 リーツェルは今にも泣き出しそうな顔をして怒っている。

 きっと余程のことがあったのだろう。それが皆にとって大きなことかどうかは不明だが、少なくとも彼女にとっては大きなことだったに違いない。


「助けに行けなかった、ということだ」


 色々考えていたら、カンパニュラが低めの声で言ってくる。

 当人が会話に参加してくることは想定していなかったため驚いた。


「私が駆けつけた時には既に手遅れだった。従者二人を救助するのが精一杯だった」

「……そういう事情があったのですね」


 きっとそんなことではないだろうかと想像してはいたが、まさかここまで正解するとは思わなかった。


「嘘! 意図的に助けに行かなかったんですわ!」


 今にも噛み付きそうな勢いで責められ、さすがのカンパニュラも困り顔。

 一度差し出したティーカップを引き上げていっているファンデンベルクは、不安そうにこちらを見ていた。


「落ち着いてリーツェル」

「いい加減にしてほしいですわ! そんな、仕方がなかったみたいな言い方をして!」


 リーツェルは私の言葉を聞いていなかった。彼女の意識はカンパニュラに向いている。しかも、その瞳に滲んでいるのは憎しみのような色ばかり。リーツェルは、主を失ったことによるやり場のない感情を、カンパニュラに向けてしまっているのだろう。


 カンパニュラを責めるべきではない。

 でも、他人を責めずにはいられないくらい辛いという心も、理解できないではない。


 もし一番大切に想っていた人の命が失われたら。しかもそれが、もしかしたら助けられるかもしれなかったという状況であったとしたら。きっと様々な感情が胸の内に残ってしまったに違いない。


 それをイメージすれば、リーツェルの気持ちもある程度は掴める。


「騒ぐな。甲高くて耳が痛い」

「そんなことを言って! ごまかそうとしても無駄ですわ。なぜフライ様を見捨てたんですの!」

「私も人だ、全能ではない」

「またそうやって話をずらして!」

「一人でも多く生き残らせるのが私の任務だった。全滅しては話にならない」


 どちらの言うことも理解できる。でも、だからこそ、どういう立ち位置にあるべきかを迷わずにはいられない。双方の意見を理解できるから一方の味方をすることはできないが、だからといって中途半端な態度を取り続けているわけにもいかないだろう。そんなことをしていては、双方から批判されてしまいかねない。


「フライ様は王子ですわ! 一番大事な命でしたのよ!」

「王子だろうが何だろうが、所詮一つの命だ」

「所詮!? 何ですの、その言い方! ほーんっと腹立ちますわ!」

「一人か二人かなら、二人を救う道を選ぶ。ただそれだけのことだ。いい加減騒ぐな」


 カンパニュラとリーツェルの相性は最悪とみて間違いなさそう。


「セルヴィア様!」

「え」


 急にリーツェルが私の方へと顔を向けてきた。


「セルヴィア様も言ってやるべきですわ! フライ様の価値を!」


 確かにフライは弟だ。でも、実は、私と彼はそこまで深い関係ではない。憎しみ合っているわけではないし、交流したことがないというわけでもないが、リーツェルほどの強い想いは私にはない。


 ……もっとも、それでも彼の死は辛いものだったわけだけれど。

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