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episode.19 うつらうつら

 目が覚めたら、朝のまだ早い時間だった。


 包み込むような柔らかな掛け布団は言葉にならないくらい心地良い。ふんわりしていながらも僅かに弾力が感じられるようなところが、心地良さをより一層強く演出しているようにも感じられる。

 室内はまだ暗く、光と言ったらカーテンの隙間から僅かに入ってくる外からの光のみ。

 もう少し寝ようか、なんて考えつつ、布団の中でぼんやりする。この時間こそ至福。誰にも気を遣わなくていい、それだけでも心穏やかに過ごすことができる。


 ちなみに、リーツェルにはこの部屋で寝てもらっている。

 夜間一人になると寂しいから——ではなく、もしもの時に備えて、だ。


 リーツェルは私と同じ自室の中で。ファンデンベルクは王の間の方で。それぞれ休んでもらっている。


 まだ起きる時間ではない。起きなくてはならない時間まで、まだ数時間ある。ならばもう一度寝よう、というのが、今の私の思考だった。


 薄暗い部屋の中でほんの少し考え事をし、再び瞼を閉じる。

 そうして私は眠りについた。



「……ア様! セルヴィア様!」


 リーツェルの甲高い声に目覚めさせられる。

 初めてのことではない。むしろ、最近の中ではよくあること。だが、いつもとは、心なしか雰囲気が違っているような気がする。緩さが足りないというか。


「ん……?」

「良かった! 気がつきましたのね!」


 暗闇の中、リーツェルの顔面に安堵の色が濃く滲む。


「えぇ……何か用かしら」

「今はまだ早朝ですの。でも、不審者の話が出ていたので、念のため起こさせていただくことにしましたの。ごめんなさい、早くに」

「いえ、いいのよ。ありがとう」


 また不審者か。

 いつまでこんなことを繰り返さなくてはならないのだろう。


「しかし本当に多いわね、不審者が」


 来る日も来る日も不審者情報に振り回される生活なんてうんざりだ。私の中では『怖い』より『面倒臭い』の方が遥かに大きい。


「もうじき本格的に陽が出ますわ。そうしたら、一気に明るくなるはずですわ」


 重い体を起こし、ベッドから抜け出す。

 実家を出ていくような寂しさがある。


「まだ陽の光は弱いのね」

「あと少しすれば明るくなりますわ!」


 まだ完全には目が覚めきっていない。が、いつ何が起こるか分からない状況ゆえ、こんなところでだらけているわけにはいかない。何かあっても動けるように、せめて心の準備くらいは済ませておかなくてはならない。


 そのための第一歩、それは身支度。


 どこかへ出掛けるわけではないから荷物の準備は必要ない。ただ、寝ている間に乱れた髪を整えるなど、しなくてはならないことがいくつもある。


「もう起きるわ。リーツェル、明かりをつけてくれるかしら」

「もちろんですわ!」


 リーツェルは流れるように立ち上がると、明かりをつけるスイッチがある方へと歩いてゆく。足取りは軽く、速度もそこそこ出ている。


 そんな彼女の背を眺めながら、私は、私のことを考える。


 髪を整えなくてはならないし、服も変えなくてはならない。できれば、歯も磨いておきたい。考え出すと止まらない。しなくてはならないことが、次から次へと脳内に湧いてくる。まるで脳内温泉。三日で観光名所化してしまいそうなくらい、この脳にはいろんなことが湧いてきている。


 とはいえ、すぐに行動には移れない。


 しなくてはと思うことはたくさんあるのだ。だが、しなくてはと思っているからといって、すぐに行動に移ることができるわけではない。なんだかんだで時間は過ぎていってしまう。


 そのうちに、王の間へと繋がる扉が開いた。


「おはようございます。王女」


 現在の私の自室と王の間、その間には、一枚の背の高い扉がある。花や鳥の彫刻が施されたその扉は、一見豪華そうなのだが、厚みはあまりなく重みもそれほどない。一応軽くロックをかけられる仕様になっているようだが、それも非常に簡易的な仕組み。しかも、どちらからでも解錠できるから、不審者対策としての効果は低めだ。


「おはよう、ファンデンベルク。もう来てくれたのね」


 今日のファンデンベルクは黒い鳥を連れていなかった。


「はい。何かできることがあれば言っていただければと」


 気を遣ってくれることは嬉しいが、突然言われても何かを頼むことはできない。

 そこまで器用ではないのだ、私は。


「そうね……特にないわ」

「ない、ですか」

「ごめんなさいね。せっかく言ってくれたのに」

「いえ、お気になさらず。ではお茶でも淹れて参ります」


 ファンデンベルクの口調は淡々としていた。表情も無表情に近い。が、恐ろしさはなかった。もちろん、不機嫌になっているということもなさそうだ。

 ただ、見知らぬ人が今のファンデンベルクを見たら、不機嫌になっていると感じそうなものではあるが。


「お茶? 貴方が?」

「はい」

「珍しいわね。貴方もそんなことができるのね」


 そこまで言って、失礼なことを述べてしまっていたことに気づいた。


「あっ……ごめんなさい。悪気はなかったのよ」

「お気になさらず」

「本当よ!? 信じてなさそうだけど、嘘じゃないわよ!?」

「まさか。王女のことは信じておりますよ。では」


 ファンデンベルクはそそくさと私のもとから去っていってしまった。

 怒ってはいなかったと思うのだけれど……余計なことを言ってしまったのは失敗だったかもしれない。


 後で改めて謝罪するべきだろうか。いや、でも、何度も謝ったらそれはそれで迷惑になるかもしれないし。きちんと謝った方が良い関係を築いてゆける気もする。でも、面倒臭がられてしまったら、それはそれで問題。中には謝られるのが嫌いという人もいると聞くし。


 一人そんなことを考え込む。


 結果、身支度はなかなか進まなかった。

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