episode.18 夜
「ええっ! そんなことがありましたの!?」
自室へ戻った私は、リーツェルに、先ほどの出来事について話す。するとリーツェルは大きな声を発して驚いた顔をした。
「また刺客とは、ここはどうなっているんですの!?」
こんなご時世だから、刺客やら何やらが狙ってくるのは避けられないことなのかもしれない。けれども、そういう輩をなるべく城に入れないということはできるはずだ。出入りする者への警戒を怠らなければ良いだけの話なのだから。
「またしてもロクマティスの手の者ですか」
「あら、ファンデンベルク、聞いてくれていたのね」
黒い鳥と見つめ合っていたファンデンベルクは私の話を聞いていないのだと思っていたが、それは誤解だったみたいだ。実際には、しっかり聞いていた。
「でも、ロクマティスの手の者かどうかはまだ分からないのよ」
「恐らくはそうでしょう」
「えぇ……私もそんな気はするけれど……」
ロクマティスの手の者だろうと思う。ただ、そうであると断言することはできない。絶対的な根拠がないから。それが真実であると証明されるまでは、決めつけるわけにはいかない。
「それで、お怪我はなかったのですか」
「えぇ。無事だったわ」
「かなりの幸運の持ち主ですね」
「……そうね」
幸運の持ち主、か。
今は皮肉にさえ聞こえる。
家族を一気に失い、敵国からは命を狙われ、訳も分からぬまま王となることになった。これが幸運の持ち主の人生か。ならば幸運など持たぬ方が良いのでは、とさえ思えてくる。
「ファンデンベルク! 皮肉に聞こえますわよ!」
やはりリーツェルもそう感じたみたいだ。
「……はぁ、黙って下さい」
「もう! どうしてそんななんですの!」
「リーツェルと話してはいません」
「感じ悪すぎですわ! 優しいわたくしもさすがに怒りますわよ!?」
リーツェルが両頬をぱんぱんに膨らませて言い放ったのを聞き、ファンデンベルクは呆れたように小さな笑みをこぼす。
「優しい、ですか……」
その態度がリーツェルをさらに苛立たせた。
「ファンデンベルク! いい加減にしてほしいですの!」
「何か問題でも?」
「もーっ! 腹立ちますわー!」
リーツェルとファンデンベルクは互いにちくちくと攻撃しあっている。だが、それは、一種の仲の良さとも言えるのかもしれない。ぼんやりと眺めていたら、段々そんな気がしてくる。戦いではない言い合いなんてものは、ある程度の信頼があってようやく成り立つものだ。
◆
その日の晩、王の間の扉の外。
敵がやって来ていないかを見張りつつ立っていたカンパニュラのもとへ、歩いてきたのはリーダ。
「そろそろ代わろう、カンパニュラ。そうしているのにもそろそろ飽きてきただろう」
リーダは提案する。が、カンパニュラはすんなりとは頷かない。
「いや、いい」
「ははっ。相変わらず真面目だね」
夜も深まり、城内も既に消灯されている。まだ早い夜の眩しさは、もうない。ところどころに明かりはあるが、それらは必要最低限の小さなもの。夜の間中灯しておく用の明かりだ。
「今晩の見張りは私になっていたはずだが」
「それは知ってる! でもそうじゃないんだよ。ずっと一人にさせるのも気の毒かなって思ってさ」
リーダは乾いた足音を鳴らしつつカンパニュラに接近する。そして、彼から二メートルも離れていないくらいの距離まで接近してから、目を数回ぱちぱちさせた。リーダは何かを期待していたのかもしれないが、カンパニュラは無反応だ。
「いや、気にしなくていい。仕事だ」
「やれやれ。相変わらずだね」
少し間を空けて、リーダは続ける。
「それにしても、カンパニュラが自ら王女様に同行するとはね」
冗談混じりの言い方だった。
それを少しばかり不愉快に思ったのか、カンパニュラは鋭い視線をリーダに向ける。
「……何が言いたい」
「べつに? 深い意味なんてないさ。ただ、王女様のことは嫌いじゃなかったりするのかなー、なんて思ったり?」
カンパニュラは心なしか不愉快そうな顔をしている。
だが、リーダはそれを察しながらも、カンパニュラが不愉快になる冗談を言うことを止めない。
「そんな顔をしないでくれ、カンパニュラ。あたしはべつに、嫌がらせをしたいわけじゃない」
夜の城内は静まり返っていて、話し声はないし、足音さえほとんど聞こえない。厳かに感じられるほどの静寂の中、カンパニュラとリーダの声だけが僅かに空気を揺らしていた。
「色々言われれば、不愉快にもなる」
ぶっきらぼうに言うカンパニュラを見て、リーダは苦笑する。
「なぜ? あたしが不愉快になるようなことを言ったから?」
「そうだ」
「あたしは王女様の話をしただけなんだけれどね」
カンパニュラはリーダをちらりと見ながら返す。
「……言いたいことがあるならはっきり言えばいい」
その時、一番近い階段の方から、パタパタという足音のような音が飛んできた。二人は即座に音に気づき、音がした方向へと目をやる。二人の目にほぼ同時に映ったのは、一人の女性。薄い橙色の髪を持つ、以前からセルヴィアと知り合いだった人だ。
「あ、あの……! ご報告が……!」
地味な色のワンピースに白いエプロンという重苦しそうな格好で懸命に駆けてくる。
「何か?」
速やかに対応するのはリーダ。
ただし、カンパニュラもきちんと話を聞いてはいる。
「あのっ……実は、先ほどっ……」
「落ち着いて話してくれるかな」
「は、はい。実はですね……怪しい者が侵入したかもしれないと、連絡がありましてっ……!」
女性がそこまで言った時、カンパニュラは呆れたように「危機感がなさすぎる」と述べた。
その言葉は女性に対するものではない。が、強く思ったことを言わずにはいられなかったのだろう。それで口にしてしまった、ということに違いない。
「警戒よろしくお願いします……!」
何度も頭を下げる女性に、リーダは柔らかな声で返す。
「ありがとう。分かった」