episode.17 必要とされているみたいで
伏せさせられた瞬間は何がどうなっているのか分からなかった。けれども、その数秒後に、視界の上の方を何かが駆けていって。それで何かが起こっているのだと察した。
「あららー。かわされてしまいましたわー」
声がして、扉の方へと視線を向ける。
そこに立っていたのは、先ほどこの部屋の扉を開けてくれた女性。
「なっ……何するんですか! いきなり!」
「あらあら、気の強い王女様ですことー。……いえ、今は女王様、でしたわねー」
女性は今でも優しそうな雰囲気をまとっている。が、その口から放たれる言葉からは優しさを感じられない。それどころか、殺伐とした雰囲気の方が大きいような気さえした。
「一撃で死ねれば楽に済みましたのにね」
「殺すおつもりですか!」
「えぇ、そうですわよー? それが仕事ですものー」
女性は柔らかな笑みを浮かべつつ、そんな毒々しいことを言う。
彼女も、この前の男のような感じだろうか。依頼を受け、私や王家の者の命を奪う——それを仕事としている人なのだろうか。
でも。
今は私は一人ではない。
「カンパニュラさん、あの……」
「潰せば良いか」
「へ? あ……潰さずとも、追い払ってくだされば……」
「よし、潰す。すぐに片付けよう」
人の話をまったく聞いてないっ!
「しっかし、護衛付きとは厄介ですわねー。娘だけであればさっさと仕留められましたのにー」
「死ね」
余裕のある表情で佇んでいる女性に、カンパニュラは迫る。しかも直進で。捻ることも工夫することもせず、カンパニュラは堂々と突き進んでゆく。それに対し、女性は光るナイフを投げて対抗した。が、カンパニュラには命中しない。カンパニュラと女性の間の距離は、みるみるうちに縮んでゆく。
「ちっ……厄介ですわねー」
みるみるうちに接近され、女性は不快そうに顔を歪める。
その時には、二人の間の距離は一メートルもないくらいにまで縮んでいた。
いける! 私はそう確信する。カンパニュラの実力はまだ目にしたことがないが、彼ならきっとやってくれるだろう。今はなぜか、そんな風に信じられる。もっとも、都合が良いことを信じたくなるという、人間にありがちな心理でしかないのかもしれないけれど。
刹那、カンパニュラは女性の片方の手首を掴んだ。そしてそのまま投げ技をかける。その時には、女性の顔から余裕の色が消えていた。彼女の体は、紙のように軽そうに宙を舞う。
数秒後、乾いた音と共に、女性の体が地面に押さえつけられた。
「凄い!」
カンパニュラの見事な動きに、私は思わず声を発してしまった。
あのリーダの知り合い兼仲間なのだから、彼もまた強い人間なのだろうとは想像していた。が、彼の戦闘能力は想像以上のものだった。生まれて今に至るまでに目にした戦闘とは、速度がまったく違う。
「凄いですね!」
「呑気過ぎる」
「そ、それはそうですけど……すみません」
「この女は突き出しておく」
「あ……はい。殺さないでおいてくれてありがとうございます」
その時、近づいてくる足音が耳に入った。敵の増援かと思い、身を固くする。が、そうではなかった。というのも、現れた人物が見たことのある人物だったのである。
「リーダさん!」
凛としたかっこよさのあるリーダを目にしたら、心が緩んだ気がした。
「あぁ、もう済んでいたみたいだね。良かった」
リーダはカンパニュラが女性を押さえ込んでいるのを見て、納得したような顔をする。
「来て下さったんですね!」
「見慣れない女性を見たという通報がいくつも寄せられていたんだ」
「そうだったんですか……!」
しゅっとした足を動かしながらリーダはこちらへ向かってくる。
容姿はもちろんのことだが、足取りもまた、心なしか男性的な雰囲気をまとっていた。
「ははっ。そういうことだよ。王女様はあたしと部屋に戻ろう」
「は、はい……」
母に一言別れを告げ、リーダと共に自室へ戻るべく歩き出す。
「カンパニュラさんってとてもお強いのですね」
人通りのない廊下を歩きつつ、私は、ふと思ったことを口にしてみた。
「ん? どうしたんだい、いきなり」
私の数歩先を歩いていたリーダは、一時的に足を止め、不思議なものを目にしたかのような顔でこちらを見る。僅かに首を傾げている。
「先ほど、あっという間に相手を押さえ込んでしまわれたので……凄いなって」
不思議そうな顔をされると困ってしまう。だが、なるべく困りに意識を向けないよう努力すれば、言葉は返せた。
「まぁそうだな。カンパニュラは強い」
「で、でも! そういえば、リーダさんもお強かったですよね!」
「そんな風に気を遣わなくていいよ」
何でもない会話をしながら、自室へと向かう。
今は夜で外は暗くなっている時間。けれど、城内はまだ、それほど暗くはなっていない。否、暗くなるどころか、昼間より明るくなっているように感じるくらいである。
「そういえば。王女様、この前の話はなかったことになったんだ」
「え?」
「前にした、あたしたちの部隊に入ってほしいうんぬん、という話なのだけど……聞かなかったことにしてくれるかい」
そういえばそんな話もあった。
「王女様が王になることは想定していなかったんだ。だからあの時は誘った。けど、さすがに王を仲間入りさせることはできないからさ」
「そうですか……でも、そういうことなら良かったです。ホッとしました」
「ははは、嬉しそうだね!」
「あっ……すみません。その、変な意味で言ったわけではありませんから……」
「気にしなくていいよ!」
リーダのさっぱりしたところはとても良い。
小さいことは気にしない、そんなところが、私の目には魅力的に映る。
「ま、でも、こうしてまた会えて嬉しく思うよ」
「へ?」
「あたし、王女様のことは意外と気に入ってるからさ。こうして喋ったりできて嬉しいんだ」
まだ数回しか関わったことがない関係だが、向こうは私のことを悪くは思っていないようだ。そして、それはこちらも同じこと。私もリーダのことを悪くは思っていない。つまり、私たちは両思いとも言えそうな関係なのである。
「それは……それはもちろん、私も嬉しいです」
気に入ってると言ってもらえることが嬉しい。
必要とされているみたいで。