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episode.16 暫し黙れ

 私の言葉に、彼は一瞬驚いたような顔をした。

 しかし、すぐに普段通りの威圧感漂う顔つきに戻る。


「そうか。同行する」


 彼の口から出た言葉は私にとって意外なもので。今度はこちらが驚く番だった。つい、目をぱちぱちさせてしまう。


「同行……?」

「心配せずとも、余計なことはしない」


 知り合ったばかりの人にこんなことを言われたら、戸惑ってしまう。


「あくまで、暗殺を防ぐためでしかない」


 けれど、これが彼の今の仕事であるのだとしたら、拒否するのも問題なのかもしれない。そんなことをしたら、彼が働けなくなってしまう。


「……分かりました。では」


 会釈のような動作をしつつ述べると、カンパニュラは「後ろにいる」とだけ返してきた。

 そうして私は歩き出したのだが、同行してくれているカンパニュラが妙に近いところにいるので、不気味な悪寒に襲われそうだ。彼は後方からついてきてくれているのだが、距離が怪しいくらい近い。


「あの……カンパニュラさん」


 人一人分も空けずに後ろに立たれる。そのことに耐えきれず、私はついに口を開いてしまった。


「何か」


 彼のことが嫌いだというわけではないが、ここまで密着されるときつい。


「そんなに近寄らずとも、平気ですよ……?」

「気にするな」


 一応遠回しに言ってみた。

 けれど、遠回りな言い方では、カンパニュラには伝わらなかったようだ。


「気になります」


 次はもう少し直接的に言うことにした。


「ですから、あと二三歩くらい離れて下さい」

「断る」

「どうしてですか……!」


 つい感情的になってしまう。

 私もまだまだ未熟だ。


「離れると危険だから。ただそれだけだ」

「それはそうかもしれませんが、さすがに近すぎです!」

「恥らうな。乙女か」

「乙女です! 色々失礼ですよ!」


 耐えきれず、強めの口調になってしまった。


 後になって、そのことを密かに悔やむ。不快だからといってあんな言い方をして良いとはならない。自分でもそれが分かるから、悪いことをしてしまったと思わずにはいられなかった。


 気まずさを紛らわせようと、私は再び歩き出す。

 カンパニュラは相変わらずついてきていたけれど、一歩分くらいだけ後ろに下がってくれていた。


 お互いに黙ったまま歩くことしばらく。母、王妃が暮らす部屋の前へと、無事たどり着いた。廊下の窓から見える外の世界は既に暗くなっている。けれども城の内部はまだ明るい。まだ夜中ではないから。


 扉の前には、見慣れない女性が一人佇んでいた。


「あの、すみません。母はこの部屋にいますか?」


 見慣れない人だが怖そうな人ではない。女性だし、温厚そうな目つきをしているし。


「え。あ、はい。王妃様はいらっしゃいますよ」

「母に会いたくて来ました」

「そうでしたか。まだ眠ってらっしゃいますけど……それでも入られますか?」

「はい。お願いします」

「承知しました。では、扉をお開けしますね」


 女性はゆったりした優雅さのある動作で扉へ手を伸ばす。それから、両手を器用に使って音が立たないようにしつつ、王妃の部屋の扉を開ける。扉を開ける時、大抵音は鳴るものだ。しかし今は、その音が一切なかった。そのことに密かに驚いていると、女性から「どうぞ」と声をかけられる。私は軽く一礼して、室内へと足を進めた。



 四方をヴェールのような布で囲われている豪奢なベッド。そこに母は横たわっていた。その寝姿の美しさは、元気だった頃と大差ない。頭部には包帯が巻かれていたが、それでもなお美しかった。

 けれども、美しいままだからこそ、動かないことが切なく感じられる。

 いっそのこと原型を留めていないくらいの方が良かったのかもしれない。そうすれば、まだ諦めがついただろうから。


「……母さん、聞いて。私、この国の王になったわ。本当は……母さんに見せたかった」


 剥製にでもなってしまったのだろうか。そんな疑問が湧くほど、今の母はじっとしていた。見た目は大きくは変わっていないのに、何もかもがあり得ないくらい変わってしまった。そのことがあまりに切なくて、上手く話せない。


「どうして……あんなことをしたの」


 返事はない。いや、そんなことは最初から分かっていたのだ。今の母は喋ることができる状態ではないのだということくらい、私だって理解している。ただ、それでも、どうしても夢を見ずにはいられないのだ。目を覚ましてくれるのではないか、話してくれるのではないか。そんな『もしかしたら』を、どうしても信じたくなる。


「母さん! どうしてよ! ……どうして、こんな」


 あの時、母を止めることができていたら。


 そう思わずにはいられない。


 べつに母を責めようとしているわけではない。

 私自身も悔いているのだ、止められなかったことを。

 母が飛び降りようとしたあの時、もし私が止められていたら、きっとこんな今はなかっただろう。もっと別な形の今があったはずだ。


「何を一人で浸っている」

「えっ……」


 唐突に話しかけられ、驚かずにはいられなかった。

 意識が完全に母に向いていたから、なおさら、驚きは大きかった。


「聞いていれば湿っぽいことばかり」


 カンパニュラはズボンのポケットに手を突っ込んだままそんなことを言ってくる。それも、何もかもをばっさり切り捨てるような調子で。


「何ですか、いきなり……!」


 他人に余計なことを言われるのは不愉快でしかない。平和を望んでいる私にでも、我慢できることとできないことがあるのだ。


「そんな生産性の無い話を望む母親がいると思っているのか」

「放っておいて下さい!」

「母親を想うからこその意見だ。怒らせるつもりはない」


 怒らせるつもりはない、と言ってはいても、完全に怒らせているではないか。


「これは私の問題です。貴方には関係ありません」

「聞く耳も持てないようでは、すぐに滅ぶぞ」

「何ですか。勝手についてきておいて……!」


 私の中の怒りは既に大きくなりきっていた。膨らみきった怒りの風船をしぼんだ状態に戻すことなど誰にもできない。ただ、怒りの風船がここで破裂することだけは避けたくて、私は扉の方へと足を進める。ひとまず冷静になるために。


 直後。


 私は服を掴まれ、引っ張られる。

 何がどうなっているのか分からぬまま、カンパニュラの手によって床に伏せさせられた。


「ちょっと、驚かせないでくだ——」

「暫し黙れ」

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