エピローグ
プレシラはムーヴァーと結ばれることとなったらしい。
口にするのは簡単だが、実際結婚するとなると簡単ではない。順序というものがあるからだ。特に、プレシラの場合は一国の王女なので、一般人のそれよりも色々な手続きが必要となるだろう。
好きだから結婚する! などというシンプルな心情で話を進めることは難しいと思われる。
だが、いくら王女とはいえ、一人の人間であることに変わりはない。だから、何も知らない相手と結婚させられるよりかは、知っている人と結婚できる方が良いだろう。信頼できる相手であればなお良い。そういう意味では、プレシラは幸せ者なのだろう。
それとは対照的に、リトナはキャロレシアに残ることを決めた。
最初は喧嘩ばかりだったカンパニュラといつの間にやら親しくなった彼女は、カンパニュラと共に、この国に護衛のような役職で残ることにしたようだ。
ロクマティス王女がキャロレシアに勤める。
それは非常に奇妙な現象だ。
これまでそんな道を選んだ人はいなかっただろう。けれども、型破りなところのあるリトナらしいとは言えるかもしれない。彼女の自由さゆえの選択、という理解の仕方が相応しい気がする。
だが、可愛らしい見た目ながら戦える、という立ち位置の人物は多くない。
そういう意味では、リトナの存在は新境地を切り拓いているとも言えるかもしれない。
場合によっては、護衛を使いたいが物騒な雰囲気を出したくない、という場合もあるだろう。そういう時に彼女がいてくれると助かるかもしれない。リトナが可憐な少女の見た目だからこその立ち位置というものがあるはずだ。
ちなみに、聞いた噂によると、エフェクトはロクマティスに戻って怠惰な生活に戻ったらしい。
カンパニュラの母親であるオレイビアはキャロレシアの城へ招かれ、そこで過ごすこととなる。悪い誘惑を寄せ付けないようなにするためである。また、オレイビアが一人で寂しくなってしまわないように、時折メルティアが会いに行っていた。
タイプは違う二人だが、それなりに気が合うようだ。
真逆だからこそ惹かれ合うというやつかもしれない。
そして、ずっと従者として傍にいてくれたファンデンベルクとリーツェルは、これからも私の従者として働いてくれることとなった。
◆
「セルヴィア様! お茶をお持ちしましたわ!」
明るい声を放ちながら王の間へ入ってきたのはリーツェル。
僅かに首を傾げると、肩まで伸びた生糸のような金髪がはらりと揺れる。それはまるで輝くカーテンのよう。絹製のカーテンを春風がふわりと揺らす、その様にどことなく似ている。
ソーサーに乗せられたティーカップを受け取る。
漂ってくるのはまろやかな香り。素朴な茶葉の匂いと果実の微かな匂い、それらが独特に混じり合い、魅惑的な香りが仕上がっている。香りは湯気に乗って昇ってくる。
「ありがとう」
「今日の作業はもう終わりそうなんですの?」
「まだよ」
「そうでしたの! ……お茶、もしかして迷惑でした?」
「まさか。そんなことないわよ」
温められたティーカップの端に唇を当てがう。
高過ぎない熱が伝わってくる。
ティーカップを軽く傾ける。すると、中の液体がするりと流れてきた。赤茶の宝石のような色をしたお茶が、口腔内へと一気に流れ込む。若干砂糖が入っているようで、ほのかな甘みがある。
「砂糖が入っているのね、美味しいわ」
思ったことをそのまま口に出す。
作業はまだ残っているが、ここらでひと休みするのも悪くないかもしれない。
「また砂糖を入れておくように致しますわね」
「えぇ。少し甘い方が好きかも」
「覚えておきますわ!」
その時、扉が開いて、ファンデンベルクが入ってきた。
肩には相変わらず黒い鳥が乗っかっている。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい」
「税に関して、役立ちそうな書籍を集めてきました」
「助かるわ」
ファンデンベルクにはつい雑用を押し付けてしまう。
彼はいつも嫌な顔をせず雑用をこなしてくれるから、余計に頼ってしまうのだ。
「こちらに置いておきます。それと、来週の挨拶に関することですが、会場が確定しました」
「部屋?」
「はい。二階バルコニーです」
「屋外……!?」
「そうです。何か問題がありましたでしょうか」
「いえ、べつにそういうわけではないけれど……」
最近は人前に出る仕事も増えてきた。
民の前に出ることにはまだ慣れない。長い間、基本人前には出ず部屋にいたから。他者と積極的に関わる暮らしをしてこなかったから。
ただ、それでも、少しずつ少しずつ変化してきてはいる。
いろんな人に出会い、関わり、時には危険な目にも遭って。そうやって歩いてきた時間は無駄ではなかったと思う。辛い経験からも得るものがあった、それは事実。
この先もきっと、困難なことは起こるだろう。
それでも進んでゆく。
時は止まることがない。たとえどんな出来事が生まれても、着実に、時はただひたすらに刻まれてゆく。戻ることはないし、停止することもない。
私たちが行く未来に明るい光が射していますように。
私たちが進む道の先に最大の幸福がありますように。
……今はただ、それを願い、現時点でできる限りのことをしよう。
◆終わり◆