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episode.136 差し伸べて

 いろんな意味で不自然というかおかしいというか。そんな世界に突如として放り込まれた私は、ただ呆然とすることしかできずにいた。


 この得体の知れない不気味な空間で、私はただ遠い過去の世界を生きる。


 これは一体何なのか。何が原因でこのようなことに陥ってしまっているのか。掴めない要素が多すぎる。いや、むしろ、掴める部分があまりない。そもそも、この世界が何なのかさえもはっきりとは分からないし。幻か、本物の過去か、それすらもはっきりしない。


 ただ一つ分かることがあるとしたら、今の私が何をしても定めは変えられないということ。


 これだけはここまでの流れの中で把握できた。となると、やはり、他の要素も徐々に読み取っていくしかないのだろうか。失敗を繰り返し学ぶしかないのか。


 しなくてはならないことが多すぎて疲れる、と思った、刹那。


 突然視界が急激に明るくなった。


「えっ……!?」


 白い光が視界を埋め尽くす。

 周囲にある何もかもすべてがその白に掻き消されてしまう。


「待って、何これ、何なの……!?」


 まさかこのまま消えてしまう!?


 そう思った時、私は心の底から焦った。


 そもそもこんな不自然な世界にいるのがおかしな話。でもこのまま消えたくはない。こんなよく分からないことに巻き込まれたまま誰にも会えずに消えるなんて、そんな最期は嫌だ。白い光で何も見えていなくても、消え去りたくない、とは思うものだ。意外だけれど。


 世界は白に染まる。

 視界からありとあらゆるものが消え去る。


 私はどうなるのか、私はどこへ行くのか、何もかも分からない——。



 ◆



 瞼が開いた時、微かに見覚えのある天井が視界に入った。


 王の間ではない。最近私が暮らしている自室でもない。けれどもいつか見たことがある光景。派手さはないが、記憶の中にはそっと存在している。


「セルヴィア様! セルヴィア様っ!」


 ここがどこかまだ思い出せない私の耳に、高い声が飛び込んできた。


「……リーツェル」


 声の主はリーツェルだった。暫し会っていない。が、声とリーツェルという存在を脳内で一致させることはできた。


 戻ってきたのか、私は。

 光包まれ何もかもが見えなくなって……それで……。


「……私」

「やりましたわ! セルヴィア様の意識が戻りましたわよ!」


 直後、何者かが駆け寄ってくる振動を感じた。視界に飛び込んできたのはリトナの可憐な顔面。珍しく必死さのある表情だが、それでも愛らしいのだから面白いものだ。


「目が覚めたのね!」

「……リトナ……王女」


 何とか声を絞り出す。

 まだ上手く発声が出来ない。しばらく喉を使っていなかったからかもしれない。努力して発声していればじきに慣れるのだろう。恐らく、だが。


「鉱物を壊してみたのっ」

「……え!」


 まさかの展開。思わず大きめの声が出た。声を出せたという意味では良かったような気もするけれど、今はそれより鉱物を壊された衝撃が大きい。その鉱物を使って現状を打破しようと考えていただけに、信じられない思いでいっぱいだ。


 身体を起こし、上半身を縦にする。


 周囲にはリーツェルやリトナのみならずファンデンベルクやカンパニュラもいた。私がいきなり起き上がったものだから、皆驚いているようだ。


「もう平気なのか?」


 上半身を起こしてからすぐに声を発したのはカンパニュラ。

 彼はらしくなく驚きと戸惑いに満ちたような顔をしていた。


「あの……私、一体……?」

「鉱物に触れ倒れたと聞いた」

「……鉱物に」

「大騒ぎだったぞ。ま、無事で何よりではあるが」


 カンパニュラが優しい。それだけでとても不思議な感じがする。いや、思えばこれまでも彼は優しかった。ただ、彼には優しいイメージはないので、その彼に親切にされるとどうしても不思議な感じがしてしまうのだ。


「お騒がせしてすみません……」

「気にするな」

「本当にすみません……ありがとうございます」


 今はそう述べることしかできない。


 その頃になってようやく口を開いてくるのはファンデンベルク。彼はほんの少し柔らかい表情を作りながら「目覚められて、何よりです」と声をかけてくれた。淡々とした調子の物言いであることに変わりはないけれど、彼なりの優しさと温かさはしっかりと伝わってくる。


「セルヴィアさん、ホントに平気なわけー?」

「えぇ。心配かけてごめんなさい」

「べっつにー。リトナ、心配とかしてないしー。内心汗ダラダラとかなってなーいしー」


 こちらは何も言っていないのに自らそんなことを言い出すなんて、面白い人。

 余計な発言をすることによって自身の心が丸出しになってしまっていることに気づいていないのだろうか。


「セルヴィア様、本当に良かったですわ……!」

「ごめんなさいね、リーツェル。色々心配させてしまって」

「い、いえ……! いいんですの……! 無事なら、無事なら、それで……!」


 私はこんなにも愛されている。こんなにも恵まれているのだ。たとえ暗い過去は変わらずとも、今は想像できないくらいの幸福に包まれている。


 改めて、自身が恵まれた立場であると感じた。


 傍にいてくれる人。私の身を案じてくれる人。さりげなく必要としてくれる人。すべて形は違うけれど、皆が優しさと温かさを持っているということに変わりはない。そして、その良いものを、私はこうして受け取り続けている。こんなに幸せなことがあるだろうか。


 時に高い壁にぶつかっても。たとえ苦難が連なるとしても。それでもこの道は決して棘ばかりのものではないのだろう。たとえ歩む道にいくつもの棘が落ちていたとしても、身体を持ち上げてくれる鳥がいれば、きっと進んでゆける——そんな感じ。

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