episode.135 広がる不安と原因不明
セルヴィアは突然倒れた。前触れはなく、鉱物に触れた直後にいきなり崩れ落ちたのだ。セルヴィアが倒れたことに気づいたファンデンベルクが声をかけた時、セルヴィアは既に完全に意識を失っていた。ファンデンベルクは仕方がないので取り敢えずセルヴィアを運ぶことに決める。そして、倉庫の外へと連れて出た。
その後、セルヴィアは医務室へと運ばれることとなる。
「一体何があったんですの……」
「分かりません。鉱物に触れた瞬間倒れられたのです」
セルヴィアが倒れたことを聞きつけて、リーツェルはすぐに駆けつけてきた。
最初リーツェルはファンデンベルクを責めそうになった。が、カンパニュラが静止したので、何とか喧嘩のようにはならずに済んだ。ひとまず保たれた平穏。だが、呑気に安堵してはいられない。
「その話、意味が分かりませんわ。本当にそれが原因なんですの? 怪し過ぎますわよ」
万が一も考慮し、簡単な検査も行った。しかしセルヴィアの肉体に異変はない。倒れた原因と思われるような問題は発生していなかった。
だからこそ、余計に原因が分からない。
普通に考えて急に倒れる理由がないのである。
「他に倒れるような要素はありませんでした」
「でも気を失うような異変はなかったのでしょう?」
「はい。検査は問題なしで」
「ではご自分の問題ではありませんわ! きっと何らかの別の原因があったはずですわよ!」
「しかし、鉱物に触れられただけです」
ファンデンベルクはセルヴィアの傍にいた。彼女から目を離すようなこともなかった。それゆえ、重要な場面を見逃しているということは考え難い。否、見逃していないとはっきり誓えことができる。そのくらい自信がある。
「鉱物が原因でしょうか。……考えられることがあるとしたら、そのくらいのものです」
ただただ何が起きたのか理解できない、というような顔をするファンデンベルク。
リーツェルは溜め息を漏らす。
空気が重苦しくなっていたその時、リトナが訪問してきた。
「セルヴィアさんが倒れたってホントなの?」
リトナはカンパニュラからそのことを聞いた。そしてセルヴィアの様子を確認するべくやって来たのだ。ちなみに、これは命令されての行動ではない。彼女自身が考えての行動である。セルヴィアの様子を見に来たのも、彼女自身の意思。
「本当です」
そう返すのはファンデンベルク。
彼はリトナを面倒臭いと思っているようで、その感情を堂々と面に滲ませていた。
「わっ! ホント! 寝てるー!」
リトナは迷いのない足取りでベッドの方へと歩いていく。そして、その目で直接、横たえられているセルヴィアの姿を確認した。その時になってようやく話を信じることができたみたいだ。
「寝ているのではありません。気を失っていらっしゃるのです」
「ふーん、そうなのー。でもどうして? どうしてこんなことになったわけ?」
くりくりした瞳の形を変えることなく尋ねるのはリトナ。
「……分かりません、突然のことで」
ファンデンベルクは答えづらそうに答えた。
するとリトナは目を伏せ気味にして「ふーん。従者なのにちゃんと見てないんだー」などと言い放つ。それも非常に挑発的な言い方で。挑発の意図を隠そうともしない挑発に、ファンデンベルクははぁと溜め息をつく。そこへ来る追い討ち。リーツェルが鋭い物言いをしてきたのだ。追撃を受け、ファンデンベルクは思わず「理不尽……」と呟いてしまっていた。
「鉱物とか何とかに触って倒れたって聞いたけどー」
「はい。それは事実です」
「じゃあじゃあー、その鉱物を壊しちゃえばどう?」
リトナは満面の笑み。
いつになく明るい表情。
「……どういう意味です?」
ファンデンベルクは怪訝な顔をしつつも話を聞こうとする。
「鉱物を壊せば何か変化が起こるかもよー? って話!」
「鉱物が原因と考えているわけですね」
「だって明らかにそれが原因じゃないー?」
「……可能性はありますが」
リーツェルは横たわったまま動かないセルヴィアに不安げな視線を向けている。また、たまにさりげなく触れてみたりもしている。しかしセルヴィアの身体に変化はない。その身体は抜け殻のようで、ほんの少しさえも動きはしない。死んでしまったかのようだ。
「ところで。何をしているのですか、リーツェル」
いきなり言われ、リーツェルはびくっと身を震わせる。
「な、何もしていませんわ……!」
平静を保っているふりをしているつもりかもしれないが、平静を保っているような振る舞いはできていない。かなり分かりやすいことになってしまっている。
「勝手に触っていたでしょう」
ファンデンベルクは淡々とした調子ながら際どいところに切り込んでいく。
躊躇いがない。
「……だったら何なんですの? 駄目なんですの? ……ちょっとくらい構わないではないですの」
「不用意に動かすべきではありません」
「いい加減にしろ、ですわ! なぜわたくしがそんなことを言われなくてはならないんですの!」
突如噛み付くリーツェル。
だがファンデンベルクは驚かない。彼女の変貌には慣れている。
「何も責めているわけではありません」
「不愉快ですわ!!」
「話になりません。冷静さを取り戻して下さい」
「むしろそっちが変ですわ! セルヴィア様がこんなことになっているのに! なっている、のに……そんな……冷静に、なんて……」
一時的に荒々しくなっていたリーツェルだが、今度は一気に弱り始める。あっという間に泣き出しそうな顔になった。身も小さくして、弱々しい物言いになる。しかも、瞳は涙で潤んでいるようだ。
そんなリーツェルを見たファンデンベルクは思うところがあったようで。泣き出しそうな彼女の方へ歩み寄り、その手をそっと握る。
「な……何なんですの……?」
無言で手を握られたリーツェルには戸惑いしか生まれない。
「不安なのですね。それは分かります」
「キモ……」
ファンデンベルクとリーツェルの会話にはどことなくずれがある。が、結果的には通じ合っているということは、変わることのない事実である。もっとも、第三者から見れば不仲と捉えられても仕方ないような関係なのだが。
「理不尽なことを言われる理由が分かりません。……ただ、不安な気持ちは分からないでもないので、多少共感はできますが」
「多少とか……意味不明ですわ……」
「いずれにせよ、今は良い進展を信じる外ないでしょう」
「……そうですわね」
リーツェルはすっかり弱々しくなってしまっている。が、励まされたことで多少は元気を取り戻したようにも見える。