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episode.134 異界

 ——暗い。


 寒くはない。生温かい。まるで何かの体内に飲み込まれてしまったかのよう。周囲に触れられるところはなく、ここがどこかを確認する術はない。音がしない、色もない。何もかもが消え去ってしまったみたいだ。


 見覚えのない無の世界に、一人放り出された。


 私は何をしている? 私は何をされている? 疑問を抱く程度の思考は残っているが、脳内はもやがかかったみたいになっている。


「……ど、こ」


 口を動かすと声は出た。けれども、助けを呼ぶには小さい声だ。この程度の声を発しても、きっと、誰にも届きはしないだろう。かなり近くに誰かがいるなら話は別だけれど。


 ぼんやりしたままの状態で記憶を探る。


 頭が回らない。薬でも盛られたのか、というくらいに。けれども脳が死んでいるわけではなかった。徐々にであれば多少は記憶を探ることもできる。僅かな思考能力も辛うじて残っている。


 記憶を探っているうちに思い出した——例の鉱物に触れたのだと。


 もしかして、これは、あの鉱物を触ったことによる症状なのだろうか。そういうことも考えられないではない。あれがかなり強い毒物で、その毒を受けてしまって、こんなことになっている。そういう可能性もまったくないということはないだろう。


 だが手袋をしたまま触れたはずだ。


 素手で触って毒の影響を受けたというなら可能性は高い。けれど、手袋をした状態で毒を受けるなんてことが起きるのか、そこははっきりしない。よほど強毒なのであればそういうことも起こり得るのかもしれないけれど。


 ……その辺りに関しては知識不足。


 それにしても不思議なところだ。何もなくて恐ろしそうなのに、じっとしていると心地よさも感じる。湯船に浸かっているかのような快適さがあって、このままだといつか脱出を諦めてしまいそう。


 いつか脱出できるの?

 何をどうすれば状況が動くの?


 分からないことが多すぎて、もはや何もできない。誰もいないからその人の力を借りることもできないし。まったくもってなすすべがない。


 あぁ……これからどうしよう……。


 そんなことを漠然と考えながら、私は再び眠りについた。




 次に目が覚めた時、私は城内にいた。


 悪い夢でも見ていたのだろう——そう思ったが、すぐに異変に気づく。


 最近の知り合いが近くに誰もいないのだ。リーツェル、ファンデンベルク、カンパニュラ……誰一人視界に入ってこない。もちろん、リトナもプレシラもいない。こんなことが突然起こるだろうか。


 刹那、私は自分の手が素の状態になっていることに気づいた。


 手袋を着用していない!

 最近の私がこんな状態になるなんてことはあり得ない。


 そんな時、背後から私の名を呼ぶ声が聞こえてきた。微かに聞き覚えのある女性の声だった。その場で振り返る。するとそこには、昔世話になっていた侍女の姿があった。彼女は私の昔の上着を持ってこちらへ駆けてきている。


「王女様! こちらを!」


 彼女が存在していることで、ここが過去であることを悟った。

 だが分からない。本当に過去へ戻ってしまったのか、過去の夢をみているのか、その辺りがはっきりしない。確定できない要素が多すぎる。


「あら、どうなさいました? そんな風にお黙りになって」


 侍女は屈託のない笑みを向けてくる。

 でもそれはおかしい。なぜなら、彼女はかつて、手に宿る力の餌食となってしまったはずなのだ。この手の力で脳をやられ、狂ったと判断されて追放となったはず。


「……貴女、どうして」

「王女様? どうなさったのです。今日は何だかおかしな感じですよ?」

「どうしてここにいるの。貴女は確か追放されて……」

「夢のお話ですか?」


 侍女はきょとんとした顔をするばかり。


 ここは幻の世界か。それとも彼女が追放される以前の世界か。そこは不明だ。だが、いずれにせよ侍女は正常。それはつまり、まだ私の手の力によって壊されていないということ。


 ……取り敢えず触れないようにしよう。


「さぁ、着せて差し上げ——」

「待って! 自分で着る!」

「え」

「あ……ごめんなさい。でも、その、私に触れないで。特に手には……絶対に触れないで」


 いきなり触るななどと言い出すおかしい人になっているかもしれない。けれど今はそうすることが最善だ。彼女を壊さないためにはこう言うしかないのだ。たとえ変だと思われたとしても。


「承知致しました。無礼なことをしてしまい申し訳ありません」

「い、いえ……」

「それでは何か食べ物でもお持ちしましょうか? お茶は何がよろしいでしょう?」

「貴女に任せるわ」


 これでいい。何がどうなっているのか仕組みがはっきりしないが、これで取り敢えず侍女に害を与えずに済む。たとえ夢の中だとしても、侍女を傷つけたりしたくない。だから早めに手を打つ。


 こうしていればきっと——。



 直後、周りの風景が一変した。


 視界の端に数名の女性。何やら話をしている。しかも時折こちらをちら見しながら。


「聞いた? 王女つきのあの侍女、追放されたそうよ」

「らしいわね……気の毒に」

「何でも心を病んだそうよ。王女様って意外と厳しいのかしら」

「可愛らしいのに怖いわね……」


 結局、同じ結果となってしまったようだ。女性たちの会話からそれを察した。途中が抜けているため、ここに至った経緯は不明。だが侍女は過去と同じように追放されてしまった、それは多分事実なのだろう。


 それにしても懐かしい、女性たちによる悪口。

 思えば、いつの間にか聞くことも減っていた。


「そういえば、王女様の手に関する怪しい噂があってね」


 どうやらこの時点で手の力のことが明らかになっているようだ。

 さすがに正式発表はされていないだろうが。


「どういうこと?」

「触れた者をおかしくするとか何とか……」

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