episode.133 箱の中身
生命の危機は何とか脱した。
それは、侵入者に怯まず立ち向かってくれたファンデンベルクのおかげでもあり、勇気を振り絞って人を呼びに行ってくれたリーツェルのおかげでもある。
私は結局何もなすことができなかった。緊急事態の中において、ただ呆然としていることをしかできないままであった。
一体どこまで無力なのか。
この手に宿る力を使うことにならなかったのは良かったような気もするけれど……何とも言えない。
また、侵入者の男性を拘束し後日話を聞いた結果、彼はロクマティスからの遣いだったようだ。否、遣いと言ってもほぼ刺客みたいなものなのだが。ただ、彼が与えられていた任務は、私を仕留めることだけではなかったそうだ。
行方不明となった王子エフェクトの捜索——それもまた任務だった。
ロクマティス王族もその多くがこちら側についてくれて、味方が増え、順調であるかのように思える状況だ。しかし、本当は、完全に順調と言える状況ではないのかもしれない。というのも、狙われる存在がこちらに増えているという事実があるのだ。
本来であれば、この城で命を狙われる可能性があるのは私と母くらいのものだろう。側近なども含まれる可能性もないことはないけれど、王族が襲われる確率が圧倒的に高い。
だが、今の状況だと話がまったく違ってくる。
この城内にいる人間で狙われる可能性がある者——リトナ、プレシラ、そしてエフェクト。いつの間にやらそんなに増えている。
それはつまり、刺客がやって来る可能性も高まっているということだ。
今回のような事件は今後より一層起こりやすくなるだろう。あくまで想像ではあるが、現実となる確率が高い想像。数多の想像の中では、限りなく現実に近い想像だ。
苦難が増えることはあっても、減ることはないのだろう。
何か圧倒的な力があれば現状を変えてしまうこともできるかもしれないが、そんなものありはしないし——と考えている最中、あることをふと思い出した。
望みを叶えてくれると言われる鉱物!
以前一度倉庫へ行って見ようとしたのだが、あの時は事件に巻き込まれてきちんと見ることができなかった。それが入っていると思われる宝箱のような箱だけは視認できたが、中身は見れずじまいになってしまったのである。
本来に穏やかであれるであろうキャロレシアに争いを呼び込むもの。それがその鉱物。その存在が幾度もこの国に争いと戦いを引き寄せてきたくらいだから、実は何の力もない、なんてことはないはず。
もしその鉱物に秘められた力が使えたら、もしかしたら現状を変えられるかもしれない。
この国に争いと戦いを招いてきたのもそれなのだから、争いと戦いを終わらせるためにそれを使っても大きな問題はないはずだ。
もしこの国に平穏をもたらすことができるとしたら——鉱物の力を利用しない選択肢はない。
そして私は再び倉庫へやって来た。
今回は入り口でややこしいことにもならず、ファンデンベルクも通してもらえた。前回と対応が変わっている訳ははっきりしないが、カンパニュラにも同行してもらったということは影響しているのかもしれない。
ちなみに、カンパニュラは倉庫の外で待ってくれている。
万が一外で不穏な動きがあった時に対処してもらうためである。
「同行者は僕で良かったのですか?」
「もちろんよ。頼もしいわ」
前回は短時間見ることしかできなかった箱と対面する。
蓋の部分には金色の装飾が施されているが、心なしかくすんだ色みになっていて、それほど派手な見た目ではない。恐らく、長期間の放置によって埃が積もっているということも影響しているのだろう。素材は悪くなさそうだし、装飾自体は凝っているので、磨けば輝きそうな箱だ。
……なんて余計なことを考えている場合ではない。
「それで、箱をお開けになるのですか?」
宝箱を正面から見つめている私に違和感を感じたのか、ファンデンベルクはそんな問いを放ってきた。
「中を見てみたいわね」
確かに、今の私の振る舞いは少々不自然なものだったかもしれない。
触れるでも開けるでもなく、ただ見つめているだけ。それを自然な行動だと言うことなんて、できるはずもない。そんなことができるのは独裁者くらいのものだろう。
「迷っていらっしゃるのは埃がついた部分に触れるのが嫌だからですか」
「……よく見ているわね」
深いところまで察されていた。
「やはりそうでしたか。では代わりにお開けしましょうか?」
「できるの?」
「いえ、開けられる保証はありませんが……」
誰も開けられなかったらどうしよう。今になって湧いてきた不安が胸の内を覆い尽くす。思えば、箱の中身を見たいとばかり考えていて、開け方なんてちっとも考えていなかった。
ファンデンベルクが箱にそっと触れる。
特に動きはない。
鍵穴がない辺り鍵を使う以外の開け方がありそうなものなのだが、別の方法と言われてもイメージが湧かない。
「開けられそうにありませんね」
「無理矢理引っ張ってみるというのは?」
「何を仰るのです」
「何を、ですって? 特別なことなんて言っていないわ。ただこうやって……」
なかなか開けることができないファンデンベルクを見てもどかしくなった私は、今さら箱へと手を伸ばす。でしゃばるようで申し訳ないとは思うのだが、ぼんやり眺めていることもできなくて。そうして私の片手が手袋越しに箱に触れた瞬間、解錠されたような音が響いた。
「え……。今、音がしなかった……?」
「聞こえました」
ファンデンベルクと目を合わせる。
「もしかしたら開くかもしれないわ」
絶対開けられるという保証はないが試してみる価値はあるかもしれない、と考え、箱の上下を両手で持ってみる。そして蓋側を開くように動かしてみた。すると予想通り蓋が開く。中に入っていたのは、赤と紫を混ぜ合わせたような鉱物。
「なんと……!」
ファンデンベルクは愕然としていた。
だが私だって驚いてはいる——まさか本当に開くとは、と。
「不思議な色の鉱物ね」
「そうですね」
「取り出してみても構わない?」
「壊さないように」
「分かってるわ! ……って言っても、綺麗に取り出す自信はあまりないけれど」
そんなことを言いつつも箱の中へと手を伸ばす。そうして指先が鉱物に触れた刹那、腕を得体の知れない感覚が駆け抜けてゆく。
「……っ!?」
ぞわりとするような、気味の悪い感覚。
言葉を失ってしまう。