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episode.131 平穏を手にできる日はいつか

 エフェクトが折れて私たちと敵対しない道を選んでくれたことは大きい。


 リトナ、プレシラ、と二人の王女がキャロレシア側についてくれて、でもエフェクトだけはどうなるか分からなかった。敵意を消失させないことを選ぶかもしれなかった。いや、その可能性の方が大きかったと言ってもおかしくはないだろう。けれどもエフェクトは自身を曲げてくれた。その方が楽だから、面倒臭くないから、そんな理由であってもべつに構わない。理由なんてそれほど肝心ではないから。


 ちなみに、エフェクトがここへ残ることを選択したことを一番喜んでいたのはプレシラだ。


 プレシラは自身の志を捻じ曲げることができず寝返った。けれども彼女は兄弟のことをいつも気にかけていた。もちろんリトナのこともその一つ。エフェクトのことだけを特別気にしていたわけではないが、エフェクトのことを気にしていたことは確かだろう。



 それから数日が経った、ある日の午前。

 プレシラが王の間へやって来た。

 エフェクトがここへ残ることになってからというもの、プレシラはいつ何時もご機嫌だ。生きているのが楽しい、というような雰囲気を、常に漂わせている。

 そして、今も例外ではない。

 彼女はもう暗い顔をしないだろう。いや、そんなことを他人が簡単に決めつけては駄目だとは思うけれど。でも彼女を見ているとそんな気がする。勘、というやつである。


「エフェクトはあの部屋で暮らすことにすると言っていたわ」

「そうなんですか!」

「えぇ。ごめんなさい、引きこもりのようで……」

「いえいえ。構いませんよ。お茶でも出すようにしましょうか?」


 刹那、プレシラはきっぱりと答える。


「それは結構よ。甘やかし過ぎても良くないわ」


 ただ甘やかしたいだけではない。ただ優しくするだけではない。エフェクト自身のためになるかどうかまで考える。そこにプレシラの愛を見た。可愛い可愛いと言うだけなら簡単だ。でも、真の愛があるからこそ、プレシラはエフェクトを甘やかそうとしないのだろう。


「それもそうですね。ではそっとしておけば良いですか?」

「えぇ。そんな感じでお願いしたいわね」

「分かりました。ではそのようにします」


 ちょうど会話が落ち着いたタイミングで、カンパニュラが入室してくる。

 彼は固めの表情のまま私の目の前にまで歩いてきた。


「聞いたか王女、刺客と思われる者の目撃情報が増えているらしい」


 突然の告白に言葉を失う。それはプレシラも同様であった。王の間に広がるのは沈黙だけ。


「馬鹿みたいな顔をするな。王女、何を呆然としている」

「……失礼しました」


 馬鹿みたいな顔、は、さすがに失礼過ぎやしないだろうか。

 もっとも、私が情けないのは事実なのだが。


「城内に警戒令が出ている。敵もいきなりここへは侵入してこないかもしれないが、念のため警戒しておけ」

「そうですね」

「私もしばらくはこの辺りに待機していようと思う」

「心強いです。ありがとうございます」


 カンパニュラはとにかく性格が厄介だ。ことあるごとに嫌みのようなものを吐いてくるところにも溜め息をつきたくなってしまう。が、彼が見張っていてくれれば非常に心強い。彼が駆けつけてくれるなら大丈夫だろう——そう思える。


「セルヴィア女王、私もこの辺に待機しておいた方が良いかしら。もしもの時に力になれるかもしれないと思って……どうかしら」


 プレシラは唐突にそんなことを言い出す。


 ばっさり断るのは嫌がっているみたいで変。でも彼女には彼女の人生を歩んでほしい。彼女は従者ではないのだから、私のために必要以上に時間を使わないでほしい。ただ、それを言葉にして伝えるのは至難の技。感じ悪さを出さずに断るというのは容易いことではない。


「そんな。一日中拘束してしまっては申し訳ないです。それに、エフェクト王子のところへ行く必要もあるのではないですか?」


 思考の末に返すと、プレシラはふんわりと微笑んだ。


「そうね、分かったわ。では失礼するわね」

「何だかすみません」

「いいのよ。貴女は何も悪くないわ」


 プレシラの大人びた面に滲む優しげな色に心を奪われそうになった。


 その後、彼女は「エフェクトの様子を見てくる」と言って、王の間から去っていった。


 王の間に戻る静寂。空気には僅かな動きすらない。高い天井ゆえ一つの音でも大きくなりそうなものだが、一つの音がないため、まったくもって音のない空間が出来上がってしまっている。それが良いことか悪いことかは、また別の話だけれど。



 その晩、私は、リーツェルとファンデンベルクと自分という三名で過ごしていた。

 窓の外は既に暗くなり、暗幕を張ったような天が広がるばかり。じっと見ていたら飲み込まれてしまいそうな黒が、私たちを無言で見下ろしている。


「エフェクトという王子、本当に信頼できる人ですの? どう考えても怪しいですわよ!」

「ああいう性格なのだと思うわ。だるだるーんとした感じ」

「リトナ王女もプレシラ王女も何考えているのか分かりませんけれど、そのエフェクトなどという人物はなおさら怪しさたっぷりですわ!」


 リーツェルはエフェクトのことを信じられないらしい。

 だがそれも彼女らしい反応と言えるだろう。


「信頼できませんわよ!」

「リーツェル、過剰に首を突っ込まないで下さい」

「うるさい。アンタは黙ってて」


 睨み合うリーツェルとファンデンベルク。


「ああもう言い合いしないで。二人とも。平和的に過ごして」

「すみませんが王女、ここは譲ることはできませ——後ろっ!」


 突如ファンデンベルクの目の色が変わった。私は咄嗟に振り返ろうとするが、その前に突っ込んできたファンデンベルクに押し倒される。何が起きたかも分からぬまま、地面に伏せることを物理的に強制された。


「何が……!?」

「伏せていて下さい」


 状況を説明してもらうことはできなかった。

 この状況だと仕方ない、か。


「は、はい……」


 伏せたまま視線だけを僅かに持ち上げると、窓の方に人影のような何かが見えた気がした。

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