episode.130 変化の蕾?
プレシラ用の部屋の中で、ファンデンベルクはエフェクトと二人きりになっている。
本来このようなことになるはずはなかった。セルヴィアがエフェクトと話をするものと思われていたから。ファンデンベルクはあくまでお茶の世話係のはずだったのだ。
しかしそうはいかなかった。
なぜなら、エフェクトがファンデンベルクと二人になることを望んだから。
それは唐突なことだった。そして、ファンデンベルクにとっても信じられないようなことであった。最初エフェクトはファンデンベルクを嫌っているようだったから、ファンデンベルク自身こんなことになるとは思っていなかったのだ。
現実とは掴めないものだ、と思わずにはいられないファンデンベルクである。
「狙いは何ですか」
セルヴィアのみならずプレシラも追い出したくらいだから何か企みでもあるのだろう、と考えずにはいられないファンデンベルク。彼にはエフェクトを信頼することはできなかった。どうしても、何か裏があるのではないかと怪しんでしまう。
「……はぁ。……そんな顔、しないでよ」
「失礼ですが、警戒しないことはできません」
「まぁ……そっか……」
「わざわざ僕一人を残すとは、目的は何でしょうか」
ファンデンベルクは睨むような目つきでエフェクトを見る。一方エフェクトはというとぼんやりした目つきのまま。特に睨んだりはしていない。
「……少し話してみたく思って」
エフェクトは何か言いたいが言えない子どものような顔をしながら打ち明ける。
「どうして……キャロレシアに仕えているのか、とか……」
「お話しするほどのこともありませんが」
「話したくない、か……」
「この国に仕えることに大層な理由はないと申し上げているだけです」
何とも言えない空気が漂う。
いつもはペースを掻き乱す側のエフェクトだが、今は逆に乱されている。
「事情は、知らないけど……どうやら……忠誠心は、低くないみたいだなぁ……」
エフェクトは心の底からつまらないと思っているような表情を浮かべる。もういっそ潔いくらい、現状を楽しめていないようだ。ただ、この状況を求めたのは他の誰でもないエフェクト。それを考慮すれば、エフェクトの胸の内は表情とは異なっているのかもしれない、とも考えられるだろう。
「そうですね」
ファンデンベルクは棒立ちのままあっさりとした調子で返した。
「つまらない……」
「心からつまらないと思っている顔をなさっていますね」
「余計なこと言うなぁ……はぁ……」
エフェクトはティーカップを大きめに傾け残っていた液体を一気に飲み干す。それから動きを停止したが、暫しの停止の後、空になったティーカップをファンデンベルクへと差し出した。
「おかわり。……貰っていい?」
「構いません、すぐにお入れします」
ポットの中にはまだ茶が残っている。そこから再び注ぐだけなので、それほど難しいことでもない。よって、ファンデンベルクは快く受け入れた。
黙々とティーカップに液体を注ぐファンデンベルクを眺めながら、エフェクトは問う。
「……いいのかい? いつまでも、そんな……ただのお茶汲みで」
その問いに対して、ファンデンベルクはすぐには答えなかった。が、液体がティーカップを満たすと、ファンデンベルクは再びエフェクトの方へ体と顔を向ける。そしてティーカップを返す。
「迷いはありません」
それを聞いたエフェクトは、急に眠たそうな顔つきになり、短く「ふぅん」とだけ発したのだった。
◆
「話は終わりました」
そう言ってファンデンベルクが扉を開けたのは、私たちが追い出されてから数分程度経過した頃だった。
何の前触れもなく扉を開けた彼は、台を押し、ゆっくりと通路の方へ進んでくる。
冷静に考えればそれほど長い時間ではなかったのだろう。だが、閉ざされた扉の外側で待っている時間は、とてつもなく長いものに思えた。室内に残ったファンデンベルクのことが心配だったからだ。一体何をされるのだろう。酷いことをされないだろうか。待っている間、そんなことばかりを考えてしまっていた。
でも彼は無事だった。
それが何より嬉しい。
「ファンデンベルク! 良かった、話は終わったのね!」
「はい。もういいと」
私とファンデンベルクが言葉を交わしている間にプレシラは室内へ突き進む。
「嫌なことされなかった?」
外傷はなさそう。顔色が悪いということもない。特に被害はなさそうだ。ただ、勝手に都合良く判断してはならないかもしれないので、念のため直接確認しておく。
「何もされていません。お茶をお出ししただけです」
「良かった……。安心したわ」
「心配させてしまっていたなら申し訳ありません」
「いいの、元気ならそれで」
過保護と思われるかもしれないが、気になるものは気になるから仕方ないのだ。
「変なことに付き合わせてしまったわね」
「いえ。それではこの台を片付けてきます」
「ありがとう。よろしく」
ファンデンベルクは一礼して台を押したまま去っていく。
少しはエフェクトの心を変えられるかもしれないと思っていたけれど、結局、そんなものは単なる思い上がりでしかなかったのだろうか……。
そんなことを考えていると、部屋の方からプレシラの驚いたような声が飛んでくる。
「本気で言ってるの!? エフェクト!?」
事件でも起きたかと焦り、反射的に室内へ駆け込んでしまった。
しかし、そこに立っていたプレシラは、良い意味で瞳を輝かせていた。
「聞いて! セルヴィア女王!」
「え」
「エフェクト、考えてみてもいいって……!」
「えっ」
即座には相応しい言葉を見つけられない。
「こちらにつくこと……まぁ……考えてみても、いいかなって」
続けたのはエフェクト本人だ。
何が起きた? 今の間に何が変わった? 話についていけない。静かだか芯がありそうな彼が急に意見を変えるだろうか? 疑問しかなかった。今はどうしても疑いの気持ちしか生まれない。あまりに急過ぎて、発言の内容を信じられはしない。
「唐突ですね」
「面倒事に……巻き込まれずに、済むなら……だけど」
「でも、ありがとうございます。そうしていただけるとプレシラ王女のためになります」
「姉さんはどうでもいいよ……」
「きっととても喜ばれると思いますよ」