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episode.129 ざっくりですと

 私はファンデンベルクと共にプレシラの部屋へと赴く。

 エフェクトをもてなすために。

 もてなしなんて慣れていないし、私としても得意なジャンルではない。だがそれでも挑戦してみようと思う。ほんの少しの勇気で上手くいくかもしれないなら試して見る価値はあるというものだ。


「失礼します」


 そう言って、扉を開けて室内へ入る。


 ベッドに仰向けに寝かされ拘束されている若い青年が視界に入った。恐らく、彼こそがエフェクト・ロクマティスなのだろう。だが今は眠っているようだ。瞼を開けていないし、体も特に動かしていない。


 私とファンデンベルクがまず部屋に入り、その後に後ろから来たプレシラが声を発する。


「エフェクト起きて! 起きてちょうだい!」

「ん……」

「セルヴィア女王を呼んできたの。悪い人ではないから話してみてほしいの」

「えぇ……ますます面倒臭い……」


 プレシラはベッドの脇まで行くと拘束をほんの僅かに緩めエフェクトを座れる状態にした。あくまで『一時的に』だが。エフェクトは不思議そうな顔をしていたが、特に逃げようというような動きはしない。じっとりとした目でプレシラを見るだけ。


 私は少し歩み出て、恐る恐る口を開く。


「初めまして。セルヴィア・キャロレシアと申します」


 緊張する。こんなにも緊張するのはいつ以来だろう。思い出せもしない。相手の性格が掴めないということもあってか、全身から汗が噴き出すような感覚に陥る。情けないとは思うのだけれど、こればかりはどうしようもない。


「あぁ……初めまして。エフェクトです……あぁ面倒臭い……」


 いきなり『面倒臭い』などと言えるとはかなりの度胸だ、見習いたいくらいである。

 ちなみに、私の少し後方に立っているファンデンベルクはポットやティーカップを乗せた台を引いている。


「いきなり申し訳ありません。少しお話できればと思い」

「もういいよ……。どうせ、姉さんに、そうするよう言われたんでしょ……」

「違います」


 こればかりははっきりと返さないわけにはいかなかった。

 勘違いされてはならない。真実を伝えなければ。


「……本当に言ってる?」


 エフェクトは呆れたようにこちらをじっと見つめてくる。

 じわりと滲む変な汗。


「そうでした。お茶をお持ちしましたので、ぜひどうぞ」


 私がそう言ったのを合図として、ファンデンベルクが台を押しながらベッドの方へと進み始める。台の底部分にはこまがついているので、押すだけで台全体を移動させることができる。ただし、多少音はしてしまうが。


「何それ……。いいよ、面倒なことしなくて……」

「先ほどから聞いていれば、ひたすら無礼な方ですね。呆れます」


 ファンデンベルクが唐突にそんなことを言った。

 なぜもう少し控えめな言い方ができないのか。そう言いたくなってしまった。けれどもこの状況下でそんなことを言うわけにもいかず、私はただ気まずさに胃を痛めるだけ。

 ただ、厳しめの発言をしたファンデンベルクだが、投げ出す気はないようだ。ポットを持ち、その口を既に軽く温めてあるティーカップへと向けている。ポットの口からはとぽとぽと液体が流れ出てゆく。


「エフェクト、返事はきちんとしなくては駄目よ」


 プレシラは気を遣ってかエフェクトに注意の言葉をかける。が、エフェクトは興味がないようで、ただ溜め息のような息を漏らすだけだ。


 その間もファンデンベルクはティーカップに茶を注いでいる。


「姉さんはうるさいなぁ……」

「まぁ私は慣れているからそれで構わないけれど、他人にまでそういう態度を取るのは褒められたことじゃないわね」

「知らないよ……。勝手に面倒事を増やしておいて……よく言うよ……」


 エフェクトはずっとこんな調子。彼はなぜこうも無気力なのだろう。私には理解ができない。私の周囲にもよく分からないところがある人は少なくないけれど、彼のようなタイプはいなかった。こんなにも無気力な、気だるげを絵に描いたような人、出会ったことがない。


 ちょうどその時、ファンデンベルクがティーカップを乗せたソーサーを手にした。


「お待たせしました。どうぞ」


 ファンデンベルクは持っているそれをエフェクトの胸の前辺りへ差し出す。

 だがエフェクトはすぐには受け取らなかった。

 エフェクトは実は機嫌が悪いようで、唇を心なしか尖らせながら、不機嫌そうな顔をする。さらに、光はないが幻想的な色をしている瞳で、目の前のファンデンベルクを音もなく睨んだ。


「……不気味な男」


 心の泥を吐き出すようにぽそりと呟いたのはエフェクト。

 しかしファンデンベルクは怒らない。彼は私が思っているよりも冷静だった。相手のペースには乗らず、感情的にもならない。ティーカップに注がれた茶の揺らぐことのない水面のように、平静を保ち続けている。


「そうですね。よく言われます」

「だろうね……そんな気がしたよ。はぁ……絡まないでほしいなぁ……」

「お茶はお飲みになりませんか?」


 ファンデンベルクは淡々とした調子で尋ねる。

 今になってエフェクトは「……ま、貰うよ」と言ってソーサーを受け取った。


 なんだかんだで私は蚊帳の外のようになってしまっている。とはいえ、この状況で無理矢理入っていっても上手く接することができる気がしない。結局こうして大人しくしている外ないのかもしれない、などと思えてくる。


 エフェクトは上品な手つきでティーカップを操り、優美に茶を飲む。


 そういうところは王子なのだな、なんて思ったり。


「……ふぅん、なかなか美味しいね」

「ありがとうございます」

「後は……そのむさ苦しい外見さえどうにかなればいいんだけどね……」

「ご意見には感謝しますが、現時点で改善の予定はありません」


 色々と心配していたが、ファンデンベルクは意外と問題なく対応できている。


「そうだ、君ってさ……ここの国の人にしては、髪は黒いし変わってるよね……」


 茶を飲む合間にエフェクトはそんなことを切り出した。

 彼の方から話題を提供してくるというのは珍しい気がする。もしかしたら良い兆候かもしれない。他人と関わることを面倒臭く思う気持ちが若干落ち着いたという可能性もないことはない。


「そうですね」

「……どういう返事かな、それって」

「この国の人間と少し違っているのは当然のことです」

「……当然?」

「はい。キャロレシア人ではありませんので」


 会話が進んでいる。まともだ。今までとはまったく違った雰囲気になってきた。


「そう……異民族か何か?」

「ざっくりですと、それに近いです」

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