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episode.124 明かす

 差出人の名のない置き手紙があったこと、夜に呼び出されたこと、そして、呼び出された場所にやって来たのが弟のエフェクトであったこと。ここまでの事情をプレシラは一切隠すことなく明かした。最初は戸惑うことしかできずにいたファンデンベルクだが、彼なりに真面目に話を聞いていた。


「なるほど。そのようなことがあったのですね」

「えぇ、驚かせてしまってごめんなさい」

「いえ。そういうことでしたら問題ありません。ところで、この件、セルヴィア女王にはすべて伝えておいて構いませんか」


 ベッドに縛られているエフェクトはそのままの体勢で再び眠っている。不自由ではあるが、それに対して恐怖感を抱いてはいない様子。奇妙な状況にあっても平静を保ち続けている。


「そうですね……いつまでも秘密にはできませんもの」


 プレシラはファンデンベルクと会話することに慣れていない。それゆえ、ファンデンベルクと向き合って話している時のプレシラの表情には何とも言えぬ固さのようなものがある。敵意があるとか嫌悪感を抱いているとかではないのだろうが。


「それでは伝えさせていただきます」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 ファンデンベルクは一礼し速やかに退室する。


 プレシラはその背中を暫し見つめていた。


 その後、プレシラはエフェクトが眠ってしまっていることに気づく。ベッドに仰向きになって寝ているエフェクトを見下ろし、プレシラは複雑な表情を滲ませた。瞳に滲む色は、子を見守る親のようであり、大切なペットを見つめる飼い主のようでもある。


 その頃になって、今度はムーヴァーがやって来た。


「プレシラ王女! 調子はいかがですか?」


 ファンデンベルクとの会話は緊張感を捨てきれないものだった。だからこそ、相手が気楽に関われる人であるありがたさを、プレシラは強く感じる。ムーヴァーとしか関わらない状況下では気づくことができなかったありがたさ、と言えるだろう。


「来てくれたのね」

「はい! ……って、え? 来てくれた、って、いつものことじゃないですかー。もう、面白いなぁ」


 ムーヴァーは一瞬おかしなものを見たような顔をしたが、すぐに笑顔になる。


「何か変化はありましたー?」

「先ほどファンデンベルクさんが訪ねてこられたの」

「へぇ、そうなんですね——って、えぇっ! ファンデンベルクさんって、キャロレシアの!?」


 大袈裟に驚いてみせるムーヴァー。

 プレシラは少々呆れ顔で「そうよ」とだけ返す。


「弟さんのこと、ややこしくなりませんでした!?」

「もうすべてを明かしたわ」

「そうですか! それは良かった——って、えぇっ!? 話したんですかっ!?」


 驚いたムーヴァーは言いたいことが色々あったみたいだ。ただ、発話が追いつかず、脳内に浮かんだものをすべて口にすることはできていなかった。


「えっ、いや、それって大丈夫なんですかね……!?」


 驚きすぎてか謎に呼吸が荒れるムーヴァー。


「仕方ないことよ。いつまでも隠し続けるわけにはいかないもの。特に機会がなければこのまましばらく黙っておくつもりでいたけれど、訪ねてこられたら、さすがにもう隠しておけないわ」


 プレシラは複雑な表情を滲ませつつも落ち着いた調子で述べる。


「だから明かしたのよ、すべてを」


 それまでは呼吸が乱れるほど慌て混乱していたムーヴァーだったが、真剣な面持ちのプレシラを見て何かを察したようで、唐突に黙り込んだ。


 いきなり沈黙が訪れてしまう。


 プレシラは唇を結んで下寄りの宙を見つめる。一方ムーヴァーも言葉を発するタイミングを見つけられず、口を閉ざしてしまう。エフェクトは寝ている。そうして訪れた沈黙は、深く、まるで永遠のものであるかのようだった。


 夜の大海のような長い沈黙の果てに、プレシラが小さく口を開く。


「セルヴィア女王なら悪いことは言わないでしょう。私はそれに賭けるわ」


 ムーヴァーはプレシラを見つめる。その時プレシラはムーヴァーの顔を直視していた。音のない部屋の中で、二人の視線だけが重なり交わる。


「プレシラ王女が良いならそれで良いですけど……」

「何か言いたいことがあるの?」

「いや、そんなのじゃないです。ただ、それで本当に良かったのかなって……」


 言いづらそうに言うムーヴァーに、プレシラは微笑みかける。


「……ありがとう、心配してくれているのね」


 プレシラは立ったまま、体の前面に当てていた右手の手首を左手でそっと掴む。


「貴方の気遣いにはいつも感謝しているわ。ただ、私は後悔はしない。そう決めているの」

「なら構いませんけど……」

「どうか、これからも共にあって。それだけで私は強くなれるわ」


 プレシラがムーヴァーに対して抱いている感情。それは、特別なものではあるが、ありがちな男女特有のものではない。どちらかと言えば、戦友に対して抱くものに近いかもしれない。触れていたいわけではないが、同じ道を共に歩いてほしい——それがプレシラの想いだ。


「あ……ありがとうございます、プレシラ王女。そう言っていただけると、本当に嬉しいです……と言いつつも情けなくて、かなり恥ずかしいんですけど……」


 ムーヴァーは心なしか頬を赤らめてそんな風に返した。


 プレシラの抱く感情がムーヴァーに完璧な状態で伝わっているかどうかははっきりしない。が、プレシラの感情が負のものではないということくらいは、ムーヴァーも理解している。人生経験はそこまで豊富でないムーヴァーだが、他人の心が一切理解できないわけではない。


「ひとまず、ありがとうございまっす!」

「ふふ」


 頬を赤らめつつも明るい声を出すムーヴァーを目にし、プレシラの表情にまで変化が生まれる。

 プレシラの頬は緩み、自然と笑みがこぼれる。


「……も、もしかして、おかしなこと言いました?」

「いいえ。貴方の明るさに励まされただけよ」

「そ、そうなんですか? 本当にそうですか?」

「そんな嘘をつく意味がないじゃない。おかしいならおかしいと言うわよ」

「な、なら、良かったですけど……」

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