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episode.123 すぐには何も返せなかった

「ファンデンベルク、少し頼みたいことがあるのだけれど」

「はい」


 朝、私は唐突にファンデンベルクを呼んだ。

 少し気になることがあったから。


「プレシラ王女の部屋を見てきてくれない?」

「それは……なぜに」


 聞いた噂によれば、ムーヴァーが紐を求めて動き回っていたらしい。そのことが妙に気になっているのだ。事件性はないだろうが、物が物。どうしても心配にならざるを得ない。


「ムーヴァーという人がいるでしょう」

「はい。存じ上げています。プレシラ王女の子分でしたね」


 子分て……。


「まぁそんな感じね。彼が紐を欲していたそうなの。それが少し気になって」

「問題行動に繋がるのでは、ということですか」


 プレシラに限っておかしなことをしようとしているということはないだろう。ただ、そう信じていても、気になってしまうということに変わりはない。この不安を消すには、誰かに様子を確認してきてもらう外ないだろう。


「承知しました。では確認して参ります」

「急に悪いわね」

「いえ。では行って参ります」

「お願い」


 ファンデンベルクはその場で静かに一礼すると、肩に黒い鳥を乗せたまま、王の間から出ていった。私はその黒い背中をぼんやりと見つめるのみ。そのうちに、彼の背中は見えなくなった。


「何もないといいけど……」


 誰かに聞いてほしいわけでもないのに、訳もなく呟いてしまう。



 ◆



 エフェクトは身体拘束されていることを察しても心を乱しはしなかった。すべてを諦めたような目で、しかしながら冷静に、プレシラをじっと見ている。プレシラはただらなぬ圧を感じる。一見有利な立場にあるようだが、プレシラの心が休まることはない。


「冷静に聞いて。エフェクト、こちらにつく気はない?」


 プレシラは単刀直入に尋ねた。

 だがエフェクトは溜め息をつくのみ。


「はぁ……もういいよ。そういうのは。……面倒臭い」


 エフェクトはベッドに拘束されたまま面倒臭がる。


「すぐそうやって面倒臭がる! そういうのはやめてちょうだい、まともに話し合いもできないじゃない。話し合う気はあるの?」


 プレシラは腕組みをしながら次から次へと言葉を発する。


「……ないよ」

「まぁ、そうでしょうね。貴方のことだから」

「分かってるなら……わざわざ言わないで、ほしいなぁ……」


 エフェクトは常に気だるげに対応する。

 返答があるだけましとも取れるが、それにしても愛想がなさすぎである。


「でも今回は別。真面目に話してもらうわ」

「……嫌だよ」

「駄目よ! 勝手なことを言わないで!」

「はぁ……。ふぅわぁぁ……」


 この世で一番面倒臭い事柄に巻き込まれた、とでも言いたげな顔をしながら、エフェクトはあくびをする。その行動がプレシラを苛立たせるためのものか否かははっきりしない。


「面倒臭い……寝ていい?」


 どう頑張っても横たわる体勢から動けないエフェクトはついにそのまま寝るという無茶な行為に走ろうとし始めた。だが、真面目なプレシラがそれを許すはずもなく。親と子のような戦いが勃発してしまう。二人の関係性は、まるで厳しい親とのんびりしている子どものよう。


「待ちなさい! 話を聞いて!」

「やだよ……」

「あぁもう、貴方はどうしてそんななの。一国の王子だというのに、他人の話をまともに聞くことさえできないなんて! 恥をかくわよ」

「知らないよ……どうでもいい……」


 とことん真面目なプレシラと、とことんだらけていたいエフェクト。

 二人の思考が噛み合う時は来ない。


「まぁいいわ。もう少しそっとしておいてあげる」

「……はいはいどうも」

「でも勘違いしないで。いずれ答えを出してもらうから」


 肉体の自由を奪い、どこへも行けないようにして、見た感じ明らかにプレシラが有利そうだ。だが、心理的な意味では、案外そんなこともない。自身のペースを守っているエフェクトの方が、動じないという強さがある。一方でプレシラは、苛立たされる、という不利さがある。


 結局、現時点ではまだどちらが有利とは言えない状態だ。

 物理的な優位はプレシラに。精神的な優位はエフェクトに。ある意味、拮抗しているとも言える。


 そんな時だった、誰かが扉をノックしたのは。


 プレシラは「はい」と言いながら扉の方へと歩き出す。そして、少しの停止の後、ゆっくりと扉を開けた。ただし、一気には開けない。まずは僅かに開けて、外の様子を確認する。


「あら、貴方は……!」


 扉の向こう側に立つファンデンベルクを視認するや否や、プレシラは驚いたような声を発する。ただ、扉を閉めることはしなかった。ファンデンベルクは敵とは認識されなかったようだ。


「ファンデンベルクです。唐突に失礼します」


 いつものことながら黒のスーツを着用しているファンデンベルクは、すぐに室内に入ろうとはしない。


「珍しい。どうかなさいました?」

「セルヴィア女王より命ぜられ、ここへ参りました」

「そうだったのですね。それで、何のご用でしょうか?」

「昨日の紐に関してです」


 ファンデンベルクが淡々とした調子で述べるのを聞き、プレシラは戸惑ったような顔をする。


「……紐、ですか?」

「はい。ムーヴァーさんが紐を探していらっしゃったとか」


 そこまで言われたプレシラは、一旦唇を閉ざした。何か考えるように黙り込む。ファンデンベルクはその合間を指摘はしなかった。暫し、沈黙。それからある程度の時間が経過して、プレシラはようやく口を開く。


「あぁ、はい。そのことですね。お騒がせして申し訳ありません」

「何かに使われたのですか?」

「えぇ。実は……遅くなりましたがお伝えします。先日弟が襲ってきたので、確保し、説得することにしたのです。紐は弟を拘束するためのものです」


 予想しなかったことを打ち明けられたファンデンベルクは、すぐには何も返せなかった。

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