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episode.121 夜の対峙

 暗幕のような空に輝く数個の星。それ輝きだけが地上を見下ろす夜。プレシラはキャロレシア城の中庭にいた。一人ではない、ムーヴァーも共にいる。それでも夜の闇は深く重苦しく、すべてを吸い込んでしまいそうな色をしている。


「誰も来ないわね……」


 呼び出しの手紙を受け取ったプレシラは、その差出人が誰かもはっきりしない状況ながら、ここへ来てしまった。

 呼び出しておいて誰も来ないということも起こり得る。そういう余計なことをする輩というのは、どこにでも一定数存在しているものだから。ただ、そういう意味のない行為と確定できない状況では無視することもできず、こうして釣られてみるしかない。


「やっぱりイタズラか何かじゃ? 名前も書かないぐらいですし」


 ムーヴァーは一応剣を持ってきている。ただし、通りかかる人を傷つけたりするために武器を持っているわけではない。武器を所持しているのは、もしもの時にプレシラを護るため、である。


「可能性はあるわね……。でも、本当にそうかしら」


 プレシラは何か考えているような顔つきでそんなことを呟く。


「どういうことですか? 何か不自然なことでも?」

「いえ……」

「では、ただのカンか何かですか?」

「そう……簡単に言うならそんな感じね。ただのイタズラとはどうしても思えなくて……」


 プレシラがそこまで述べた時、城の脇にある細い道から音が聞こえてきた。人が歩くような音。プレシラもムーヴァーも当然すぐに気づいた。二人は一気に警戒したような目つきになる。


「音がしたわね」

「はい。お護りします!」

「……頼もしいじゃない」

「これでも剣の腕には自信がありますからっ」


 やがて、一人で通過するのもやっとなくらい幅のない道から、フード付きコートを着用した人物が現れた。プレシラたちの視界に入るのは、フードを深く被っている一名のみ。


「私を呼び出したのはあなたかしら」


 今にも飛び出していきそうなムーヴァーを抑えつつ、プレシラは一歩分だけ前へ出る。


「困るわ。手紙には差出人名を書いてもらわないと。何が何だか分からないじゃない」


 プレシラは次から次へと言葉を発していく。しかしフードの人物は何も返さない。それどころか、まともな反応すらない。じっとその場に佇んでいるだけ。夜風が生地を揺らしても、本人は一切動かない。


「夜にこんなところへ呼び出して何のつもり?」


 ムーヴァーは剣の持ち手に片手をかけている。


「女性を人のいないところに呼び出すなんて、随分怪しいことをしてくれるのね。さすがに無礼と言わざるを得ないわ。目的を話しなさい」


 プレシラがそう言ったのを最後に、静寂が訪れた。

 フードの人物はまったく返事をしなかった。場において動きがあるのは、夜の冷たさのある風のみ。それ以外に動くものはない。声も、音も、ない。


 そんな時間が長く続いた、その後に。


「……気づかないんだ」


 フードの人物がぽつりと呟いた。


「弟、なのに」


 フードの人物はついにフードを外した。そうして現れたのはエフェクトの頭部。これにはプレシラもムーヴァーも驚きを隠せない。


「エフェクト……」

「聞いたよ姉さん、ロクマティスを裏切ったって」

「どうして貴方がここに」

「……どうして? ふざけないでほしいなぁ。……ボクの仕事を増やしておいて」


 エフェクトはプレシラを睨みつける。


「姉さんが……裏切らなければ……こんな面倒なこと、せずに済んだのに……」


 風が急激に冷えた。辺り一帯が肌を突き刺すような冷たさに包まれる。


「……粘られると、面倒臭いから……さっさと死んでほしいな」

「待ちなさいエフェクト! 貴方、私を殺すつもりなの?」

「そう、だよ……仕事、だから……」


 プレシラの額を一筋の滴が伝う。

 エフェクトは二つの手のひらを上へ向けながら腕を開く。すると白っぽい色みの光が湧いてくる。


「貴方がそのつもりならこちらも遠慮しない。……でもいいの? 姉弟で殺し合うことになるわよ」


 次の瞬間、エフェクトの手から出る白っぽい色みの光が一つの生き物のようにプレシラへ襲いかかった。咄嗟にムーヴァーが前へ出る。剣で一撃食らわせると、生き物のようになった白っぽい何かは一旦消滅。しかしエフェクトは攻撃の手を緩めない。斬られた直後には既に次の一体を放っていた。


「プレシラ王女は後ろへ!」

「……そうね」


 剣を手にしているムーヴァーは迷いなく前へ出る。

 僅かに後ろへ下がったプレシラは片手で握ることができる護身用ナイフを取り出した。

 エフェクトは連続で攻撃。攻めることをやめようとはしない。ムーヴァーは着実に斬るが、どちらかというとエフェクトが生き物のようなものを発生させる速度の方が勝っている。


「こぼれが行きまっす! すみませんっ」

「平気よ」


 ムーヴァーを越えてきた個体を、プレシラはナイフで着実に潰していく。


「弱々しい娘じゃないわ」


 プレシラは静かな瞳をしながらそう述べて、足を前へと出した。エフェクトとの距離を一気に詰め始める。もちろんエフェクトも無抵抗なわけではない。さらなる攻撃を仕掛けている。が、素早く駆けるプレシラを潰すのは簡単なことではなかった。結果、エフェクトはあっという間に接近されてしまう。


「本当はこんなことしたくないのだけれど……」


 エフェクトが放つ攻撃を飛び退いてかわし、プレシラはエフェクトに接近。そして、エフェクトが反応するより先に、彼を気絶させた。その場で崩れ落ちるエフェクトの体。それをプレシラはそっと抱いた。


「プレシラ王女!?」


 予想外の展開に愕然とするのはムーヴァー。


「な、何をして……!?」

「ムーヴァーは周囲への警戒を続けて。私はエフェクトを運ぶわ」


 プレシラは両腕を使って完全に脱力しているエフェクトの肉体を抱え上げる。


 脱力した人間の体というのは本来そこそこな重量になるものだ。小柄な人物であっても結構重いというのが定説である。しかし、エフェクトの場合は、少し力のある女性であれば運べる程度の重さしかなかった。気を失って脱力していても、辛うじて運べるレベルの重量だ。


「運ぶんですか!? え……でもどこに……」

「私の部屋よ」

「あっ、じゃ、じゃあ! 持ちますよ!」

「駄目。周囲への警戒を続けてと言ったでしょう」

「……はい」

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