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episode.120 差出人の名前のない置き手紙

 ムーヴァーという少年は不思議な人だった。


 いつもプレシラにぴったりとくっついていて、しかしながら喋りはせず、偶然私と会った時には気まずそうな顔をする。プレシラとは楽しそうに喋っているところを見かけるのに、私をはじめとするプレシラ以外の人が相手だとすっかり大人しくなってしまう。


 そんなムーヴァーとは、なかなか仲良くなれそうにない。


 嫌みが多いカンパニュラやすぐに不満を撒き散らすリトナとは別の意味で関わりづらいのだ。


 プレシラとは仲良くなれた。だから彼とも仲良くなれるのではないか。最初はそう思っていたのだけれど、現実はそんなに甘くなかったみたいだ。


 そうして、時が経つにつれ、私は彼と親しくなることを諦めた。



 ある日の午後、私は偶然廊下で二人を見かけた。

 二人というのはプレシラとムーヴァーである。


「ムーヴァー、今夜呼び出しを受けたの」

「えっ! 誰からですか!」

「それが……分からないのよね。置き手紙があって、差出人の名前は書いていなかったの」

「怪しすぎますよ!」


 何やら話をしているようだったから、どかどかと入っていく気にはなれなくて、壁の陰に隠れて耳を澄ます。


「それは行かない方がいいですって!」

「でも、そういうわけにはいかないわ。来てくれって書いてあるもの」

「いやいやいや! それはまずいですって!」


 よく分からないが、パッとしないコントのようだ。


「まず差出人の名前がないのが怪しいじゃないですか! 名前を書きたくないってことは、何か企みがあるってことなんですよ!」

「書き忘れかもしれないわよ」

「ないないないっ! プレシラ王女に出す手紙にうっかり名前を書き忘れるとかあり得ませんって!」


 プレシラは腕を組みながら困り顔。

 一方ムーヴァーはというと、無記名の手紙の怪しさを全力で訴えている。


「行かない方がいいですってー。怪しいですよ、明らかにー」


 口をの先を尖がらせつつ低めの声を出す。


「じゃあ貴方も同行してくれる?」

「えっ……」

「それなら問題ないでしょう。ね?」

「えーっ!」


 プレシラと接する時のムーヴァーは、それ以外の時とは別人のようだ。


「もしプロポーズだったらどうするんですか!?」


 突如大声を発するムーヴァー。

 とにかく落ち着きがない。


「 ……飛躍したわね」


 プレシラは、ムーヴァーが大きな声を出したことに対しては、特に何も反応しなかった。が、彼の突飛なアイデアに対しては思うところがあったようだ。


「もしそうだったら、かなり気まずいですよ!」

「プロポーズだ、なんて、言っていなかったじゃない」

「それはそうですけど……でも! もしもの話ですよ! 絶対ないとは言えませんよ!」


 何の話をしているのだろう、という感じだ。もはや何が何だか。話の流れが不自然だし展開が意味不明だ。でも、なぜか、つい耳を澄ましてしまう。


 そんな風にして盗み聞きしていた最中。

 背後から誰かがやって来て、私の肩をぽんと叩いた。


「……ファンデンベルク!」

「このようなところで何をなさっていたのです?」


 本当のことを述べるのは恥ずかしいので、少しだけ変えた言い方にしてみることにした。


「プレシラ王女を見かけて話しかけようと思ったのだけど……」

「盗み聞きをなさっていたのですね」


 私は思わず「え」と発してしまう。

 盗み聞き、なんて言われるとは、夢にも思っていなかったから。


「そんなのじゃないわ」

「失礼しました」


 もしかしたらそんな感じかもしれない。でもそれを認めたくはない。盗み聞きをしていた女王、なんて、情けないの極みではないか。できればこの話は早めに終わらせたい。


「ところで、貴方はどうしてここに?」

「王女を探しに参りました」

「私? 私に何か用だったの?」


 ファンデンベルクが私に用なんて珍しいではないか。


「お一人で出ていかれたようでしたので。何かな、と、少々気になりまして」


 私が王の間から出ていたのはただの気まぐれ。休憩時間に散歩したくなったからである。だが、その行動が、彼を妙な形で心配させてしまっていたみたいだ。そのことに関しては申し訳なく思う。


「気晴らしというか気まぐれというか……深い意味はないのよ? ただの散歩なの」


 発する言葉に偽りはない。


「そうでしたか」

「心配してくれたのね。ありがとう」

「いえ。ですがお気をつけ下さい、いつ何があるか分かりませんから」

「それもそうね。気をつけるわ」


 心配し過ぎては永遠に出歩けない。そういう思いがある一方で、まだ気を緩めるべきではないという彼の意見も分からないではない。危険な場面というのは大抵ある日突然やって来るものだから。ここでくたばるわけにはいかない身分だからこそ慎重さを維持せねばならない、というのも、理解はできる。


 うっかり死んじゃった、では済まない。


「戻りましょう」

「えぇ」


 することも特にないので、私はファンデンベルクと共に部屋へ帰ることにした。

 プレシラが呼び出しの手紙を貰ったという件は少々気になるけれど——でも、いちいち首を突っ込むというのも無粋だろう。


「……王女、何か思われることでも?」

「え」

「何か言いたげな顔をなさっていましたので」

「そうかしら……何でもないわ」


 プレシラも赤ちゃんではない。おかしなことが起きれば自力で何とかするだろう。ムーヴァーもいるのだし、私が彼女の身を案じる理由などありはしないはず。


 いちいち気になるのは私の性格ゆえ。

 きっとこれが『余計なお世話』というやつなのだろう。


「迎えに来てくれてありがとう、ファンデンベルク」

「いえ」


 ことあるごとに心配する必要なんてない。

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