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episode.118 命令を受けて

 ロクマティス王であるオーディアスは怒っていた。


 プレシラが裏切ったことに対して。


 自身がこの世のすべてを支配したい——そんな思いを持つ彼にとって、プレシラの突然の裏切りは屈辱でしかなかった。若い娘にあっさりと裏切られた、その事実が彼のプライドを傷つけたのだ。


 オーディアスがもう少し寛容な人間であったなら、娘だからと許したかもしれない。それに、たとえ傷ついたとしても、プレシラのことを心から恨んだりはしなかっただろう。血の繋がりのある親子だから、と、普通とは異なった受け入れ方をしたものと考えられる。


 だがオーディアスにはそのような余裕はなかった。


 絶対的君主でなければ納得できないオーディアスには、相手が実の娘だから許すなどという人間的な心は備わっていなかったのだ。


「……呼ばれて来ました、王」

「よく来た。エフェクト」

「……それで、ボクに用事、とは」


 オーディアスは唯一己の手の内に残っている子であるエフェクトを呼び出した。だからエフェクトはオーディアスの部屋まで来たのだ。呼ばれていなかったら、間違いなく来なかっただろう。


「プレシラがロクマティスを裏切ったことは聞いているな」

「はい」

「裏切り者の女を消せ」

「え……」


 エフェクトは驚いたような発し方をする。が、どちらかというと面倒臭さが勝っているようで、顔面にはその色みが滲み出ている。ただ、そもそも隠そうとしていないのか意識せず顔に出てしまっているのか、その辺りは不明。


「ボクが……ですか」

「何だ。まさか口ごたえでもする気か?」

「……いえ」

「ならよい。愚かな王女を仕留めてこい」


 突然物騒な命令を受けたエフェクトは困り顔。


「愚かな王女……それは、姉さんだけではない……ですよね」

「そうだ。もはや名も言いたくないが、もう一人の王女もできれば潰せ」


 静寂の中で指示を出すオーディアスは、エフェクトに体の前面を向けることはしない。


 そうして訪れる沈黙。エフェクトもオーディアスも何も発さず、時だけが過ぎてゆく。時計の針は確かに動いていて、それなのに、世界はすべてが止まったかのように静か。奇妙な状況である。


 長い沈黙の果て、エフェクトが口を開く。


「……分かりました」


 それを聞いたオーディアスは「よし、行け」とだけ返す。

 それ以外は何も発さなかったが、少しばかり満足そうな顔をしていた。



「はぁ……。まったく、もう……面倒だなぁ……」


 オーディアスの部屋から退室するや否や、エフェクトは愚痴をこぼした。

 周囲には誰もいない。それゆえ、エフェクトの愚痴は、すべてただの独り言である。けれどもエフェクトは気にしない。躊躇いなく、シンプルな思考で、言いたいことを口にしている。

 足を進めるのはゆっくり。

 ナメクジのように通路を進む。


「厄介事を増やすとか……勘弁してって……」


 エフェクトは頭を掻きながら歩く。

 目的地は自室。

 プレシラらを潰せという命令はいきなりのものだった。そのため、具体的な作戦などは、まだ欠片ほども考えることができていない。何もかもこれから、という状態。その状態に対して、エフェクトはうんざりしていた。


「姉さん……こんなことを招くなら、本当に嫌い……」


 エフェクトの口から出るのは、愚痴と溜息ばかりだった。



 面倒臭いの荒波に飲まれながら自室へ戻ったエフェクトを待っていたのは、没個性的な男性。今日も変わり映えのしない平凡なスーツを身に着けている。

 見慣れた人物であるとはいえ、そこで会うことを前もって約束していたわけではなかったので、エフェクトは少々驚いている。


「どうしてここに?」


  怪訝な顔をするエフェクトに、男性は微かな笑みを向ける。


「お待ちしておりました」


 笑みを向けられたところで、エフェクトは状況を理解できない。怪訝な顔をしてしまう心境であることに変わりはない。具体的な説明がなければエフェクトは状況をきちんと理解できないし、怪訝な顔をすることも止めないだろう。


「……何の話かな」

「ロクマティス王から命令をお受けになったのでしょう」


 スーツを着た男性は両手を腹の前で重ね合わせたまま背筋をぴんと伸ばす。

 人間として少し不自然なくらい、姿勢が良い。


「あぁ……それはそうだね。面倒臭い……」

「よければ、力になります」

「……力に?」


 エフェクトはわざとらしくじっとりとした目つきを作る。


「はい。協力致します。王女様方を仕留めよとの命令なのでしょう?」

「……もう聞いてたんだ?」

「いえ。そういうわけではありません。勝手に、恐らくそのようなことだろうと、想像しておりました。あくまで、勝手に、です」


 それを聞いて、エフェクトはふっと呆れたような笑みをこぼした。

 その笑みには男性への信頼が溶け込んでいる。


「じゃあ頼むよ」


 返答に、男性は丁寧に一礼。それから、僅かに頬を緩め、「早速作戦を考えます」と述べた。


「……気が早いね、随分」

「時間をかけてはいられませんので」


 エフェクトは珍しく面に笑みを滲ませながら言葉を発する。それに対応する男性の表情も、静かなものではあるが、決して冷ややかなものではない。淡々としている中にも血が通っているような顔面をしていた。


「ま、そうだね。ええと、名前は……」

「ティトゥティです」

「あぁ……そうだった。じゃあティトゥティ、作戦は任せるよ」

「承知致しました」


 作戦の考案を自力で行わなくて良いこととなり、エフェクトの機嫌は少しばかり良くなった。大きく動いたわけではないが、確実に変化した。第三者が見ていても分かるような変化である。


「よろしく。……じゃ、これで寝てくる」

「仕上げておきます」


 エフェクトは自室の扉についているノブへ手を伸ばす。それを僅かに回し、扉を開ける。付近の空気が少しだけ揺れ動いた。が、そんなことな何ら珍しいことではない。ありふれた現象なので誰も気にしない。エフェクトはそのまま自室内へと足を進めてゆく。そうして完全に室内に入ると、彼はそっと扉を閉めた。


 ティトゥティは一人廊下に残される。

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