episode.116 なぜか頑固
あぁ、良かった。無事帰ってきてくれて。そんな思いばかりが胸の内を満たし、感情のうねりを抑えることはできなかった。今の私の胸の内、それは嵐の海のよう。もちろん、良い意味で、である。元より抱いていた不安が安堵に置き換わった、とも言えるかもしれない。いずれにせよ、感情の波がうねっていることは確かだ。
「疲れたでしょう? ファンデンベルク。休んで休んで」
「いえ、そういうわけには……」
「椅子に座る? 奥の部屋で寝る?」
「あの、いえ、結構です」
ファンデンベルクはらしくなくオロオロしている。
淡々としていない彼を見ると、何だか新鮮な気分になった。
「そうよね。ごめんなさい、つい色々言ってしまって。そっとしておくわね」
「お気遣いに感謝します……」
「あ、でも、リーツェルには顔を見せてあげた方が良いかもしれないわ」
刹那、鋭い声が飛んでくる。
「わたくしべつに心配していませんわよ!」
リーツェルは予想以上に素早く言葉を飛ばしてきた。私の発言を聞いてから彼女が言葉を放つまで、十秒もかかっていない。対処の早さには感心するばかりだ。妙なところで頭脳が光っている。
「……リーツェル、無事で何より」
「どーでもいいですわー」
「相変わらずですね。元気そうで安心しました」
「ちょっ……どうして優しいんですの!? ……さすがに引きますわ」
確かに、今日のファンデンベルクは、リーツェルに対して優しかった。それは私も感じたことだ。けれども、ファンデンベルクの発言には、言葉以上の意味はないのだろうと思う。彼のことだ、無駄に深い意味を込めたりはしないだろう。
「王女をきちんと護ったことは素晴らしいと思いますよ」
「き、キモいですわ……」
少し冷ややかなことを言えば怒られ、親切にしても気持ち悪がられるのだから、ファンデンベルクもなかなか気の毒な人だと思う。もっとも、慣れているからかあまり気にしてはいないようだが。
「ところで王女、何かお手伝いすることはありますでしょうか?」
「ないわ」
「ありませんか。ではどうしたものか」
帰ってくるなり働くつもりでいたとは。
労働者の鑑とは言えるかもしれないが、今はひとまず休息してほしい。
「しばらく寝てくるというのはどう?」
「そういうわけにはいきません」
改めて提案してみたが、あっさりと断られてしまった。
休息を強要するというのもおかしな話。ここはこちらが折れるしかないのだろうか。
「頑固ね……。じゃあ、向こうでの話を伝えるというのはどうかしら」
「面白い話はありませんが」
「構わないわ。経験したことを聞かせて?」
休め休めと言って押してもファンデンベルクは従わないだろう。そんな気がしたから、提案を別のものに変えてみた。休息以外であれば従ってくれる可能性もゼロではない、と考えて。
それでもファンデンベルクはすぐには返事をしなかった。
私は彼が何か返してくるのを待つ。その間、視線を彼から逸らすことはしない。じっと見つめたまま、彼が答えを出すのを待つのである。
待つこと数十秒。
ファンデンベルクはようやく口を開いた。
「承知しました。それでは、あちらでのことについてお伝えします」
その後ファンデンベルクから聞いた話によれば、ロクマティスではほとんどの時間自由がなかったらしい。手足すら拘束されて、ただ椅子に座っていることしかできなかったとか。ただ、食事は与えられたし酷く痛めつけられることもなかったそうだ。
正直なところを言うと、ロクマティスが比較的まともであることに驚いた。
ロクマティスで捕らわれたりしたらもっと凄まじい目に遭わされるものかと想像していた。それだけに、酷い目に遭わされなかったという話は衝撃的だった。
もちろん、手足を拘束されるのだってかなり辛いことだ。長時間好きな動きをできないのだから、それだけでもかなりストレスを感じるだろう。そこを理解していないわけではない。いや、経験していないからすべてを理解することはできていないかもしれないけれど。それでも、自由を奪われる辛さなら、少しは想像できる。
私はロクマティスのことを悪く考え過ぎていたのだろうか? だとしたら申し訳ない。国のことを知りもせず、勝手に拷問三昧のような国と思い込んでいたのだから、申し訳ないとしか言い様がない。
「あーもーサイッテー!」
「騒ぐな、小娘が」
「何その言い方! ホント腹立つ!」
「腹が立とうが私には関係ない」
「もーっ! いーいーかーげーんーにーしてーっ!」
そんな騒がしい人たちが王の間へやって来たのは、夜遅い時間。しかも、そろそろ自室へ戻ろうかと考えているタイミングであった。
「任務は完了した」
「ありがとうございました、カンパニュラさん」
カンパニュラもリトナも大きな怪我はなかったみたいだ。
「ぜーんぶリトナのおかげだからー。褒めてよねっ?」
「リトナ王女も、ありがとうございました」
「ふっふーん! リトナやるでしょー?」
「王女でありながら自分でも行動できるというのが凄いわ」
それまではわざとらしく胸を張っていたリトナだったが、こちらが褒めた瞬間、別人になったかのように顔面を赤く染め上げた。
「ちょ、調子狂うー……」
リトナはそれまでとは逆に肩を縮めた。体つきは元々華奢なので、少し縮めるだけでも随分小さくなったように見える。ただし、弱々しいような小ささではない。
「私も見習わなくちゃね。……なんて言っても、私には真似できないことだけれど」
彼女には彼女の力と才能。私には私の奇妙な能力。そもそも持っているものが違うから、彼女と私は同じようにはなれない。それは最初から決まっていることだ。
「なーんかふくざつー」
「おかしなことを言ってしまったかしら」
「べつにー。何でもないけどー」
「何にせよ、協力していただけて本当に助かったわ。キャロレシアに力を貸してくれてありがとう」