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episode.114 馬鹿

 日が暮れてからかなり時間が経った遅い時間に、私は書類の一枚を眺めながらリーツェルに話しかける。


「ねぇリーツェル。この紙の内容は変よね」


 特に深い意味はない。ただ、少しばかり不自然さを感じたのだ。書類に書かれている内容が、絶対必要なものとは思えなかったから。


「何ですの?」


 リーツェルは私の手もとにある紙を覗き込んでくる。

 心なしか甘い香りがした気がした。


「このご時世に交際費がこんなにあるのはおかしくないかしら」

「ええと……? なるほどなるほど。これは出費まとめですのね」

「えぇ、そうなの。でも、ここの交際費、多過ぎると思わない? これは問題ないのかしら」


 国が使うのは、その多くが国民が納めたお金。使い道は一応自由ではあるが、だからといって好き放題使って良いというわけではない。そんなことをしていたら、今は良くても、いずれ暴動が起こるに違いない。


「珍しく細かいことを仰いますのね」

「だってこれ、多過ぎよ」

「確かにそうですわね。でもこんな感じではありませんの? お偉いさんなんて。大体無駄遣いをするものなのですわよ。さすがに、それが良いこととは思いませんけれど……」


 リーツェルは複雑そうな表情を浮かべながら意見を述べてくれる。


「……無駄遣いは駄目よ」

「お気持ちは理解できますわ。けれど、それを今言っても、というやつですわ」


 分かるような分からないような。


 リーツェルの発言の意味は理解できないわけではない。が、理解できないことはないが納得はできない。私がこんなことを考えても意味はないのかもしれないけれど、でも、それでも自国の進み方には納得していたい。


「じゃあ、話を聞いてみようかしら」

「どういうことですの?」

「交際費がどうしてこんなに多いのか。聞いてみたいの」


 そう言うと、リーツェルは眉間にしわを寄せる。


「……きっと厄介ですわよ」


 渋いものを食べたような顔をするリーツェルを見て、私は少し迷いそうになった。

 余計なことはしない方がいいのかもしれない、なんて考えてしまって。

 でも、それでもどうしても、このまま流そうとは思えなかった。気になる点を放置しておくべきではないという思いが強かったから。このまま流して後々揉めることになったら、結局その方が厄介というもの。今のうちに確認しておく方がややこしさは控えめで済むはず。


「大丈夫。話を聞くだけよ」


 私は一応そう言ってみたのだが、リーツェルはすぐには納得できないようだった。腹の前で両手を握り合わせながら、何か言いたそうな雰囲気を醸し出す。


「でも……」

「私が話を聞くと、リーツェルは何か困るの?」

「いえ、そういうわけではないですわ。ただ、少し心配なんですの。厄介事に巻き込まれたら、と思うと……」


 どうやら私を心配してくれているようだ。

 ありがたいことではあるけれど、今は純粋には喜べない。


「なら平気よ! 私のことは心配しないでちょうだい」

「は、はい。承知しましたわ」


 少し間はあったが、リーツェルは頷いてくれた。


「もう遅いから今日でなくて構わないけれど、明日でも、このお金について分かりそうな方を呼んでもらえる?」

「分かりましたわ」

「ありがとう。いきなりで申し訳ないけれど」

「いっ、いえいえっ。気になさらないで下さい!」


 何も戦うわけではない。内容について確認するだけ、話を聞くだけだ。ただそれだけの行動なのだから、リスクなんて伴うはずもない。



 翌日の朝、王の間へ戻ることとなった。


 しばらく離れてはいたがかつて暮らしていた場所。入った瞬間、心の中で懐かしさと新鮮さが混じり合い、妙な気分になった。もちろん、良い意味で、だが。


「すっかり綺麗になっているわね」

「ですわね!」


 壁やら床やらの汚れもなくなって、新しく作ったかのような清潔な部屋になっていた。以前暮らしていた時よりも綺麗になっている気がしてくるくらいだ。


「あ、荷物持たせてごめんなさい。自分で持つわ」


 つい癖で他人に持たせてしまいがちなのだが、罪悪感がないわけではない。

 自分のことくらい自分でしろよ、と言いたくなる者の気持ちも、まったくもって理解できないというわけではないのだ。


「持てますの?」

「えぇ。私もさすがにそこまで弱くはないわよ」

「では……こちらを」

「ありがとう」


 久々に帰ってきた王の間。以前より綺麗になっているということを除けば、特に大きな変化はない。物の配置もおおよそ変わっていないし。


「セルヴィア様。昨夜の件、進めておきますわね」

「えぇ、よろしく」



 その後しばらくは荷物の整理を行った。途中で報告を受けることもあったが、特に重大な報告はなく、時間は静かに過ぎてゆく。そして昼が近づいた頃、リーツェルが知らせに来てくれた。


「交際費の件ですけれど、本日の午後にでも説明できるそうですわ」

「本当に……!」

「それでよろしかったですの?」

「えぇ。午後は何もないもの」

「では、そのように伝えておきますわね」


 午後まではまだ時間があるというのに、もはや胸の鼓動が加速してきた。

 まだこれから昼食だってあるのだから、今から緊張していては身がもたない——理解しているのに、どうしても脳と肉体が一致しない。

 自分で決めておいて緊張のあまり弱っているのだから馬鹿なことだ。見て見ぬふりをしていればこんなことにはならなかった。誰かと会うとなれば私がこういう心境になるであろうことは、容易に想像できたのに。


「馬鹿だなぁ……」


 そんなことを呟きながら、窓の外に広がる果てなき空を見上げる。


 馬鹿なら馬鹿らしく大人しくしておくべきだったのだろう。その方がきっと生きやすかったはず。変に意見を述べたりせず、周りの大人たちに任せていれば、それで良かったのだ。これまでだって、ずっと彼らがこの国を運営してきたのだから。


 どのみち正義のために動く国なんてありはしない。


 この国だけじゃない、すべての国が権力と欲望にまみれている。

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