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episode.111 皆平等に

 ロクマティスの都に存在する石造りの建造物、その中にファンデンベルクは収容されていた。


 そこは主に罪人を収容する場所なのだが、それ以外に他国から連れられてきた人物なども入れられることがある。ファンデンベルクの場合は後者だ。


 ファンデンベルクが入れられているのは一人部屋。清掃不足か心なしか埃が舞っている狭い部屋である。家具などは特に置かれておらず、部屋の中央にぽつんと椅子が一つあるだけ。ファンデンベルクは、その椅子に座らされたうえ、両手足を拘束されている。


 拷問をされるでもなく、痛めつけられるでもないが、かなり放置されている。


 食事と水は一日に二回与えられる。が、その時ですら拘束が解かれることはない。食事は係の者に食べさせてもらい、水も同様である。排泄時だけは一時的に拘束が解かれるが、係の者が鬱陶しいくらい付き添うので、逃走などは不可能な状態である。


 そんな暮らしを始めて、既に数日が経った。

 ファンデンベルクにとってその日々はそれほど苦痛ではなかった。

 ただ自由が失われるだけ。嬉しいことはないが、悲しいこともなく、平常心は保っていられる。心を無にしてしまえば、痛みはない。


「四日が過ぎたが、調子はどうだ?」

「……特に変化はありませんが」

「何だ、感じ悪いな。無愛想にもほどがあるぞ」

「……愛想良くする義理はありませんので」


 時折やって来てはくだらないことを話しかけてくる男の存在は、ファンデンベルクにとって、不愉快以外の何物でもなかった。


「いい加減強がるのは止めたらどうだ」

「……貴方は話すのを止めて下さい」

「はっ。面白い男だ。だが、いつまで生意気でいられるかな? ここに入れられた人間は大抵みるみるうちにおかしくなっていく。自由がなさすぎて、な」


 男は粘着質かつ不気味な笑みを口もとに滲ませている。


「じきに限界が来るだろう。その時が今から楽しみでならない」

「楽しみにしていただいて残念ですが……貴方の期待には応えられないかと」


 ファンデンベルクは顎を引いたまま露出している一つの目だけで男を睨む。その目つきに少しばかり興奮したのか、男はじゅるりと音を立てる。


「良いことだ。いきなり折れてもつまらないからな」


 そう言って、男は部屋から出ていく。

 瞳は荒ぶる雄猿のそれのようであった。



 深夜、誰もいなくなった室内へ、一羽の黒い鳥が侵入。


 やがてファンデンベルクの肩に降り立った。


 ファンデンベルクが現在閉じ込められている部屋には、外と繋がっている部分が一箇所だけ存在している。高い天井の近くにある換気用穴である。無機質な壁に開いた手が一つ入る程度の真四角の穴が空いていて、縦縞のように金属製の棒が備え付けられているのだ。人間が通過するには小さすぎる穴ではあるが、小鳥であれば棒と棒の間をすり抜けることができる。つまり、小さな生き物であれば中と外を行き来できるのだ。


「誰にも会えませんでしたか? ……分かりました。では、また頼みます」


 黒い鳥は暫しファンデンベルクの肩の上でじっとしていた。が、しばらく時間が経つと再び宙へ舞い上がる。丸い身体ながら飛び方は流れるようで非常にスムーズ。軽やかに上空を目指す。そして、穴の手前で一瞬振り返り、数秒後室外へ出ていった。


「……困りました」


 夜の闇の中、ファンデンベルクはぽつりと呟くのだった。



 それからまた数日が経過。

 またしても男がやって来る。


「今日は風呂に入れてやろう。どうだ? 一緒に来ないか?」

「……貴方と、ですと、嬉しくはないですね」


 ファンデンベルクは不機嫌そうな表情を意図して作り出す。だが、男はそんなところはまったく気にせず、話を続ける。


「可愛げのない男だ。だがそこがいい。可愛げのない男を可愛がるのが趣味だからな」


 そう言って、男はファンデンベルクの手足の拘束を解いた。何が起きたのかすぐには理解できないファンデンベルクをよそに、男は続ける。


「これでよし。ついてくるといい、風呂へ連れていってやる」

「……望んでいませんが」

「望んでいようがいまいが関係ない。病気にでもなられたら困る、清潔にしておかなくては」

「はぁ」


 ついてくるといい、と言っているわりには、男はファンデンベルクの腕を強く掴んでいる。しかも腕にへこみができるくらいの圧で。ファンデンベルク自身の意思でついてこさせようという気はまったくもってないようだ。


「それと、噂について貴様に確認したいこともあるしな」

「……そちらが本題なのですね」


 ファンデンベルクは仕方なく歩き出す。風呂場へ行くだけならばわざわざ抵抗するほどのことでもない、と判断したためだ。今は大人しく従うのが得策と考えたのだろう。


「貴様の血筋は向こうの国では忌み嫌われていると聞く。酷なことだ。だが、こちらへつけばそんな不当な差別はない。我が国では誰もが皆平等に——」

「奴隷」

「っ……!?」


 突然のファンデンベルクの発言に、男は動揺したような顔をする。


「ですからそちらにはつきません。奴隷に成り下がる気はありませんので」

「はっ、そうかそうか。やはり面白い。いちいち興味深く……そして、俺の好みのタイプだ」


 男が動揺したような顔をしたのは一瞬だけだった。すぐにうっすらと笑みを浮かべ、今までと変わらない調子で言葉を紡ぎ始める。


「俺の下に来ないか? そうすればまっとうに評価される。不当な差別を受けることもなく、貴様の能力次第でどこまでも出世できるぞ」

「……生憎、出世には興味がありませんので」

「一日のほとんどを拘束されたまま一人で過ごす、こんな日々から解放されたくはないのか?」

「すみませんが、ロクマティスにはつけません」


 ファンデンベルクは静かな声ではっきりと述べた。

 男は困惑した顔。


「なぜだ。こちらについた方が間違いなく幸せになるというのに」

「……幸せの定義など他者が決めるものではありませんから」


 会話しつつも二人はそこそこ歩いてきた。もうじき風呂場に到着する。今いる道を真っ直ぐ進み右に曲がれば、そこはもう風呂場の入り口だ。


「よし、着いたぞ。ここが風呂場だ」

「……承知しました」

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