episode.108 形勢逆転?
どうやっても抵抗できないような体勢で持ち上げられていたメルティアは、床に落とされたまま、呆然として座り込んでいる。メルティア処刑を後回しにすることを決めたオーディアスは、先ほどまで彼女の首に当てていた短く太い刃の剣を手にして戦闘態勢に入る。刹那、ムーヴァーの剣とオーディアスの剣が交わった。
「小僧が……舐めるな……!」
「いやいや、男性を舐める性癖とかありませんって」
剣と剣が弾き合って一旦距離が生まれる。
「ロクマティス王に易々と勝てると思うなよ」
「ですから……思ってないですって!」
再び剣を振ったのはムーヴァー。だが、オーディアスは、それを楽々受け止める。 ムーヴァーとて弱いわけではないが、オーディアスもまた武人。ちょっとやそっとで倒せる相手ではない。
二つの刃が交わるたび、甲高い音が響く。
王の間には似合わない鋭い音。
ムーヴァーがオーディアスの相手をしている隙に、プレシラはメルティアの方へと駆ける。
メルティアはまだ動けていない。足を痛めているわけではないし落命しているわけでもない、それなのに動けない状態になってしまっているのだ。そんなメルティアを放置していては、オーディアスが彼女を人質として使うかもしれない——そう考え、プレシラは確保しに行くことにしたのだ。
「立てます?」
「……あ。え、えぇ……」
プレシラが至近距離から片手を差し出すと、メルティアの時が再び動く。直前までプレシラのことは敵だと思っていただろうに、メルティアは躊躇うことなくプレシラの手を取った。
「こちらへ」
「は、はい……」
その光景といったら、まるで絵本の世界。
悪魔によって囚われていたお姫様を王子が救い出す場面であるかのよう。
ちなみに、悪魔はオーディアスお姫様はメルティア王子はプレシラ、という配役だろう。もっとも、すべてたとえ話でしかなく、実際に演劇を行うわけではないのだが。
「言っていたのは……こういうことだったの?」
幸い、メルティアは自力で歩けないわけではなかった。
手を引かれれば足は自然に動く。
「はい。そうです」
プレシラは振り返らない。メルティアの片手を掴んだまま、ひたすら歩く。周囲に目を向けることは最低限しかせず、とにかく足を動かす。
「それで、これはどこへ? 一体どこへ向かっているの?」
「安全なところへ行きます」
色々聞かれて正直鬱陶しさを抱えているプレシラだが、一応きちんとした答えを口にしていた。とはいえ、相変わらずメルティアは苦手だ。理由はシンプル、いちいちいろんなことを言ってくるのが面倒臭いから。
だが、やたら尋ねてくる人に対して鬱陶しさを感じるのは、プレシラだからではないだろう。
人間誰しも、何度も聞かれたりいくつもの質問を一斉に投げかけられたりしたら、不快感を覚えてしまうものだ。急いでいる時や呑気に会話していられない時ならなおさら。
それゆえ、プレシラが苛立つのもおかしな話ではない。
「どうか、今はそれ以上お聞きにならないで下さい。答える時間がもったいないですから」
今のプレシラがするべきことは、メルティアを安全な場所へ連れてゆくこと。メルティアのまとまりのない問いに答えることではない。
プレシラがメルティアを連れて出ていっていた頃、王の間内ではムーヴァーやリトナがオーディアスと対峙していた。
ムーヴァーは己の意思でプレシラに従った。リトナは気まぐれでキャロレシアについた。オーディアスに逆らう道を選んだ訳は同じではないが、目的はおおよそ一致している。
「貴様ら……ふざけるなあぁぁぁーっ!!」
オーディアスはその大きな体型に似合わない素早さでムーヴァーに接近、拳を叩きつける。ムーヴァーは半ば無意識のうちに剣を前に出し、拳を防ぐ。打撃によるダメージは発生しない。だが、その直後、ムーヴァーの剣が砕け散った。
「なっ……」
愕然として集中力を欠いたムーヴァーに、オーディアスはさらに拳を叩きつけようとする——が、その肩をリトナが放った弾丸が貫いた。
「ぐぅっ……。馬鹿娘!」
オーディアスは眉間にしわを寄せ、怒って威嚇する犬のような顔面を自然と作り出す。
ムーヴァーは安堵した表情。
「いくらお父様でも、その言い方はヒドーイ」
「ロクマティス王女だろう! なぜ従わぬ!」
「リトナ知らなーい。それにー、リトナ、元々他人に従うのとか嫌いだしー」
そんなことを言いながら、リトナは「ふんふんふーん」とわざとらしい鼻歌を歌う。軽やかな鼻歌だが、軽やか過ぎて、まるで煽っているかのようだ。
オーディアスとムーヴァーたちが交戦している間、城内の色々なところでいくつかの戦いが勃発していた。それは主に、オーディアス派とプレシラ派による戦闘である。もっとも、数としてはプレシラの派閥の方が圧倒的に少ないのだが。それでも、プレシラ派は押されていなかった。むしろ圧を掛けることに成功しているくらいだ。リトナが前もって敵の要を崩していたことによる影響も少なくはないのかもしれない。
「な……お、押されている……だと……? 我が軍勢が……小娘の裏切り適度で……!?」
比較的少数なはずのプレシラ側の人たちによって傷つけられたり倒されたりする味方たちを見て、オーディアスはらしくなく取り乱す。大慌てという感じではないが、落ち着けてはいない。
「重要人物仕留めておいてー、せいかーいっ」
「まさか! 勝手なことを!」
「リトナ知らなーい。ふっふーん。大事にしなかったのが悪いからー」
オーディアスの意識がリトナに向いていることを確認し、ムーヴァーはタックルを仕掛ける。
意識外からのタックルに、バランスを崩すオーディアス。
一度バランスを崩してしまうと、まともな立ち方をするだけでも時間がかかる。すぐには修正できない。それに加えて、持っていた短く太い剣を落としてしまう。
「くっ……こ、ここは一旦退く!」
不利な状況であると察したのか、オーディアスは窓から飛び降りた。