episode.10 三人
ロクマティスは、キャロレシアの西に位置する国。かつてはキャロレシアと一つの国だったと聞いている。しかし、今から数百年ほど前に起きた揉め事以降、二つの国に分かれたのだという。
「宣戦布告だなんて、唐突ですわね……」
「そうよね。それでなくても戦いが続いていたというのに……」
連れ帰ってきたリーツェルとファンデンベルクと共に、今は自室で過ごしている。
いつも一人だった部屋。でも今はもう一人ではない。三人もいれば賑やかだ。ここはもう退屈な場所ではなくなった。
ただ、だからといって迷いなく喜べる状況ではない。
これまでも細々と続いていた戦いが、また新たな局面に入ろうとしている。それを考えていると、段々おかしくなりそうになってくる。これからどうなるのだろう。未来に想いを馳せるたびに苦しくなる。
「フライも父もいなくなってしまった。これからはどうやってこの国を護ってゆくのかしら」
私はぼんやりと呟く。
そうしてふと窓の方を見ると、ファンデンベルクが窓を開けているのが視界に入った。
まず驚いたのは、ファンデンベルクが勝手な行動をしていたこと。べつに批判する気はないけれど、意外に思ったのだ。だが、さらに驚いたのは、彼が窓を開け放つや否や一匹の黒い鳥が飛んできたこと。手入れされているような艶のある黒い羽根を持つ鳥が、飛んできて彼の手の甲に降り立つ。
「ファンデンベルク、その子は?」
唐突過ぎて驚かせてしまうかと思いつつも、我慢できず尋ねてしまった。
「勝手なことを失礼しました」
謝罪するファンデンベルクの手の甲にはまだ鳥が乗っている。
見た感じはカラスに似ている気もするが、どういう生き物だろう。
「いいのよ、それは。で、その子は一体?」
「僕の鳥です」
「貴方の! ……飼っているの?」
「はい。あと、便利屋としても使っています」
「へぇ! 何だか凄いわね!」
鳥を飼っていて、便利屋としても使っているだなんて、まるで絵本の中の話のようではないか。
「いえ。凄いだなんて、僕には相応しくない言葉です」
「そうかしら。凄いと思うわよ? 鳥と友達になんてなかなかなれるものじゃないわ」
それにしても、不思議だ。鳥のことを話しているファンデンベルクはいつもとは少し違っている。というのも、日頃はとにかく淡々としている彼なのに、鳥のことを話している間は心なしか楽しそうな表情なのだ。
「僕にできることは鳥を遣うことくらいしかありません」
「ファンデンベルクやるわね!」
「……いえ。あまり期待しないで下さい」
そう述べるファンデンベルクは、微かに頬を緩めていた。
「ところでリーツェル、ロクマティスという国について何か知ってる?」
「え! わたくしですの!?」
リーツェルは、唐突に話を振られたことに驚いてか、元々丸い目をさらに丸くしていた。髪を束ねるリボンと同じ色の瞳は丸みを帯びていて、桃のようだ。
「いきなりごめんなさい。……何か知ってるかなと思って」
「そ、そうでしたのね。で、ロクマティスのことですけれど、実はわたくしもあまり知りませんの」
肩を縮めるリーツェル。
ロクマティスについて知らないことを申し訳なく思ってくれているのだろうか。
「あ! そうですわ!」
「え?」
「そういう時には、本を読めばいいんですのよ!」
「本……」
どうやら「本を読んでロクマティスについて知る」ということを推奨してくれているようだ。
確かに、それも一つの案かもしれない。周囲に詳しい人がいない時にはぴったりな方法と言えるだろう。もっとも、良い本が見つからなければ話にならないわけだが。
「わたくし、本を借りてきますわ」
リーツェルは唐突にそんなことを言い出す。
「えっ……」
「この城には確か図書館があったはずですわ。そこへ行って、良さげなものを借りてきますわ」
「待って。リーツェルにそんなことはさせられないわ」
「気にしないでほしいですの! では行って参りますわね!」
思い立ったらすぐ行動、という感じで、リーツェルはあっという間に部屋から出ていってしまった。止める間もなく、私はファンデンベルクと二人になってしまう。
「すみません。リーツェルはあのように騒がしく」
「え? そんなことないわ。優しい女の子よ」
「そうですか……。そう思っていただけているなら、安心しました」
城に付属する図書館、そこは、幼い頃に何度か行ったことのある場所だ。時折母親に連れられて訪問し、絵本を借りたり読んだりした。あれは楽しかった思い出。
「ファンデンベルクは本は好き?」
「いえ。あまり」
「実はね、私もそうなの。昔は絵本を読んでいたけれど、今はあまり読まないの」
近々この平穏が失われてしまうかもしれない。そう考えると憂鬱で。でも、人は進むことしかできないから。私もこのまま歩き続けるしかないのだろう。
リーツェルは数冊の本を借りてきてくれた。
それらはすべてロクマティスに関係がありそうなもの。だが、歴史の本であったり地理の本であったりして、私が読みそうにないものが多い。
その中の一冊、一番簡単そうな雰囲気が漂っているものを、私は手に取った。
カラーイラストが載った表紙を開いてみると、著者の挨拶文。それが数ページ続いて、ようやく目次にたどり着く。
挨拶文は読み飛ばし、目次に目を通してみた。
「近隣諸国の歴史……国の成り立ち……」
目次を少しずつ読んでゆく。
何やら難しそうな雰囲気はあるけれど、文字は大きく、比較的読み進めやすそうな気配を感じる。
「セルヴィア様、どうですの? 良さそうではありませんこと?」
「えぇ。これは比較的難しくなさそうね」
「それが一番簡単ですわ! で、次はこの辺りだと思いますわー」
「簡単なのから読もうかしら」
「では、セルヴィア様は、まずそちらの本ですわね!」
私は読書好きではない。けれど、読まねばならない理由があるなら話は別。何も本アレルギーなわけではないのだから、読まなくてはならないとなればきっと読める。
「わたくしはこちらを読んでおきますわ!」
「どうぞどうぞ」