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episode.106 前王妃の見張り

 父であり王でもあるオーディアスを止めることはできず、プレシラはただ彼に同行するしかなかった。


 キャロレシアを一方的に攻め落とすこと。それは、プレシラにとって、望ましいことではない。ロクマティス王女ゆえロクマティスのために生きるしかないのだと理解していても、それでも、オーディアスの選択に完全に賛同することはできないでいた。


 妹のリトナはキャロレシアについた。それなら自分にもキャロレシアにつくという道はあるのではないか。そう考えた時、邪魔するのはいつだってオーディアスの恐ろしさだ。彼を敵に回すべきではない、と、プレシラは心の底から感じている。


 ちなみに、現在彼女に与えられている役割というのは、メルティアの見張りである。


 キャロレシアの城まで勢いよく突き進むにあたり、彼女の存在はとてつもなく役に立った。メルティアという人間は何より盾になる。彼女を前に出していれば、キャロレシア軍は誰も手を出せない。ここまで一気に攻め込むことができたのも、メルティアという存在があったからこそだ。


「貴女たちの狙いは何なの……? こんなことをして許されると思っているの……!?」


 敵の手に落ち、半ば強制的に自国が侵略されるところを見せられる、可哀想なメルティア——プレシラとて無情な悪魔ではないから、気の毒だと思いはする。けれども、気の毒に思ったからといって、勝手に拘束を解くことはできない。もしそんなことをしたとしたら、プレシラの身が危険だ。


「すべては王が決めること。皆、それに従うだけです」


 プレシラは無表情のまま小さな声で返した。


「何よそれ……! ロクマティスの人たちは誰もが王のいいなりだということ……!?」

「そういうことです」

「どうなっているのよ! その国!」


 メルティアは顔全体を驚きの色に染める。

 それでもプレシラは表情を変えない。


「ロクマティスはロクマティス、貴女には関係ない。……今はじっとしていて下さい」


 見張りの役割を継続しているプレシラは素っ気ない言い方をする。ただ、それは、メルティアを嫌っているからではない。無論、穏やかに暮らしてきた者への嫉妬というのも多少はあるのだけれど。ただ、その嫉妬は巨大なものではなく、素っ気ない物言いになっているのもそれが理由ではない。


 プレシラは、ただ、心の奥を見られたくなかっただけ。


 抱くわけにはいかない考えを抱いていること、それをメルティアに気付かれたくなかった。


「貴女はここで大人しくしていて下さい。そうすれば手は出しません」


 その時、廊下の向こうから固まって歩いてくる数名の姿が視界に入る。

 人の群れの中央にいるのがファンデンベルクであることに気づいたメルティアは、信じられない思いでいることを濃く滲ませたような表情で瞳を揺らす。


「そん、な……」


 ファンデンベルクは両方の腕をロクマティスの男性たちにしっかりと持たれていた。とても逃げ出せないような体勢。大きな怪我はないようだが、足が止まるたび強制的に歩かされている。


「どうして……こんなこと……」


 メルティアの声は静かな怒りに震えていた。

 直後、暫し離れていたムーヴァーが駆けてきて、プレシラの視線がそちらへ向く。


「お待たせしましたーっ! プレシラ王女っ!」


 ムーヴァーは掲げた右手を大きく左右に振りつつ走ってくる。


「静かにしてちょうだい」


 プレシラはわざとらしくはぁと溜め息をつく。

 心の底から呆れているわけではないけれど。


「えー、問題ですか? 静かなところでないから良いかと思って」

「駄目よ。普通の声の大きさで話して」

「こー! れー! がー! ふー! つっうー! でー! すーっ!」

「いい加減にして」

「あ……は、はい。すみません」


 最後には冷ややかな声を発され、ムーヴァーは真顔に戻った。


「例の件、順調でっす!」

「そう。なら良かったわ」

「下準備完了ーって感じでっす! と言いつつ完璧にというわけにはいかなかったですけど……でも、おおよそ上手くいきました!」


 毒気のないムーヴァーと冷たい顔つきを崩さないプレシラの様子を、メルティアはじっと見つめている。


「プレシラ王女の方は問題なかったですか?」

「えぇ、問題ないわ」


 プレシラが返した、直後。


「ちょっと待って! これ以上まだ何かするつもり!?」


 四肢の自由を奪われ何もできない状態のメルティアが、甲高い声を発する。

 プレシラとムーヴァーはほぼ同時にメルティアの方へ視線を移す。


「申し訳ないですけれど、黙っていて下さい」


 先に述べたのはプレシラ。

 彼女は、限りなく鬱陶しくて不愉快、とでも言いたげな顔をしている。

 もっとも、ことあるごとに子どもに嫌みやら何やらを言う面倒な母親のような状態になっているメルティアを鬱陶しく思うのは、人間である以上仕方ないとも言えるのだが。


「騒がれると迷惑です」

「プレシラ王女……さすがにそれは、言い過ぎじゃ……?」

「止めるためにははっきり言わなくてはならないものよ」

「女の世界、怖ー……」


 ムーヴァーは渋柿を食べてしまったような顔つきで数歩後退。

 悪魔を見てしまった、とでも言いたげだ。


「失礼しました。けれどもこれは仕方のないことなのです。ですからどうか、今はお許しを」


 場が落ち着いてから、プレシラは改めてメルティアを見る。そして、軽く頭を下げながら、静かに謝罪した。メルティアとて馬鹿ではないので、謝罪を受け入れ、一旦穏やかにまとまった。


「……こちらこそごめんなさい」


 メルティアもまた、素直に謝る。


 彼女とてプレシラに喧嘩を売ることを目的として大声を出したわけではない。動揺したことによって、半ば無意識のうちに大きな声を発してしまったのだ。プレシラももちろんそれを理解していないわけではない。だからこそ、一度は危うい空気になったが、すぐに落ち着いた。


「メルティアさん、どうか、今だけは辛抱して下さい。それが私の望みです」


 プレシラの瞳の鋭さが緩んだ。


「今、だけは……?」


 よく分からない曖昧なことを言われたメルティアはおかしなものを見たかのような顔をしながら首を傾げている。


「すべてをお話しするのはまだ先になると思います」

「そ、そう……でも、よく分からないわ。いきなりそんな風に言われても」

「ですから、すべては後ほど明らかになるのです」

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