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episode.104 別れた道を行くということ

 殺めた二人を窓から放り落とし、ファンデンベルクはまだ王の間に残ることにした。

 厳かな空気に満たされていた頃の王の間はもはやただの記憶でしかない。彼がいるその場所は、既に、血濡れの場所となってしまっている。開け放たれた窓の外からは、少しばかり煙の匂いが入ってきていた。

 ファンデンベルクが窓の外を意味もなく見つめていると、誰かが入ってきた。

 次なる敵と考えたファンデンベルクは警戒したように扉へ視線を向ける。しかし、入ってきていたのは敵ではなかった。


「調子はどうだ? ……まぁ、既に交戦済み、か」


 王の間に入ってきたのはカンパニュラだったのだ。

 敵ではなかった。即座に倒す必要はない。そういう風に理解したのか、ファンデンベルクはほんの少しだけ体の力を抜いた。もちろん、いつ敵が来るか分からないから、完璧に力を抜くことはできないのだが。


「はい。既に一試合済んだ後です」

「それはご苦労」

「いえ、労っていただくほどでも」


 ファンデンベルクもカンパニュラも短い言葉しか発さなかったので、ぶつりぶつりと切れるような会話になってしまっていた。


「これは一応の報告なのだが、リトナという小娘が急襲を繰り返している。それによって、多少は敵戦力を削ることができるだろう」

「一人動くだけでそれほどの効果があるでしょうか?」

「信じられない、という顔だな。だが、既に、数名の軍の要人を仕留めたようだ」


 窓の外は騒がしいが、王の間は騒がしくなっていない。音もほとんどなく、時折窓の外からの聞こえてくる程度だ。


「雑魚兵をぷちぷち潰しても意味はないだろうが、要を崩せば多少は変化があるだろう」

「それは……そうですね。しかし、そう簡単に上手くいくとは思えませんが」


 納得できない、という顔をしているファンデンベルクを見て、カンパニュラはふっと半分呆れたような笑みをこぼす。その笑みに敵意はない。面倒臭い子どもに絡まれ溜め息をつきつつ対応するような、そんな雰囲気の笑みである。


「確かに、それで万事解決とはいかないだろうな」


 カンパニュラがふっと笑みをこぼすのを見てか、ファンデンベルクは警戒したような表情を浮かべる。


「……何が面白いのですか」

「いや、気にするほどのことではない」

「気になりますが」

「単に『面倒臭いなぁ』と思った、それだけのことだ。では失礼する」


 カンパニュラは、真実を述べ、そそくさと退室してゆく。

 ファンデンベルクはいつまでもその背中を見つめていた。


「……まったく、意味不明です」


 ファンデンベルクが発する言葉を聞いていたのは黒い鳥だけ。その他には、誰も、彼の独り言を聞いてはいなかった。



 ◆



 馬車に乗ること数時間、避難先の小屋のような建物へ到着することができた。


 かつてはキャロレシア軍の一部の部隊が待機する場所として使われていたところらしい。ただ、数年前に別の場所に新たな基地が作られてからは、この小屋のような建物はもうほとんど使われていないのだとか。現在この建物に出入りするのは掃除の人のみだそうだ。それも、頻繁にではなく時折、である。


「ここにしばらく宿泊するのね……」


 大きめの小屋と言って良いのか? 木造の家、という表現が近いのか? そこははっきりしない。が、とにかく、お世辞にも豪華とは言い難い建物だ。城はもちろん、城下町にあった家よりも、ずっと古臭い感じがする。懐かしい、という表現の方が、感じ悪くないだろうか?


「気が進まないんですの? セルヴィア様」

「え。いえ、そんなことはないわ」


 城にいたら今まで通りの環境にあれたかもしれないけれど、その代わり、敵国に殺されるかもしれなかった。城を出てここへ来たら、慣れた環境では過ごせないけれど、生き残ることができる可能性は高まる。いずれどうなるかは分からないとしても、ひとまず時間を稼げる。すぐに殺されるという展開だけは避けられるのだ。


 結局、どちらにも、良い点と悪い点がある。


「見慣れない感じの建物だったから、少し驚いただけよ」

「そうですわね。城とは材質も構造も違いますものね」

「すぐには馴染めないかもしれない……けど、慣れればきっと良くなるわね」

「前向きですわね!」


 私とリーツェルは荷物を抱えたまま、木製の建物を目指して歩いた。



 建物の入り口と思われる地点では係の者が待っていた。


「お待ちしておりました。お部屋までご案内致します」


 女性に案内してもらい、私とリーツェルは建物内の一室へたどり着く。横長の板を組み合わせて作ったような扉を開けてもらって室内へ足を進めると、シンプルなデザインのベッドが見えた。シンプルなデザインながらサイズは大きめで二人寝られそうなところが興味深い。


「こちらのお部屋でお過ごし下さい」


 案内してくれた女性が言った瞬間、リーツェルは口を開く。


「こんなところに住ませるんですの!?」


 あちゃー、という気分だ。


 ここでそれを言うべきではない。

 今や私はただの避難民でしかなく、贅沢を言える身分ではないのだから。


「しっ。リーツェル、駄目よ」

「こんな狭い部屋、無理ですわ! セルヴィア様もそう思われるでしょう!?」


 城の部屋と比べれば、豪華さはかなり控えめだと思う。でも、ここは城ではないのだから、仕方のないことだ。ひっそり立つこの建物に城のような豪華さを求めるのは残酷である。


「黙って!」

「あっ……そ、その、すみません……ですわ」


 きつく注意しすぎたかもしれないと思わないことはないけれど、でも、これは仕方のないことだった。失礼なことを言っている場合ではなかったのだから。


「部屋への案内ありがとうございました」

「こちらでよろしかったでしょうか? 女王陛下」

「はい。ここで過ごさせて下さい」

「承知しました。それではひとまず失礼致します。担当の者は変わるかもしれませんが、何かあられましたら気軽にお申し付け下さい」

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